2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
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初夏の山梨でゴルフと温泉を楽しむ会」その2

 

(このイベントを立ち上げた4月の後半の頃)

 <今年は雨が多い年らしいよ・・・>

 <このグループには雨男が数人いるし、時期もちょうど梅雨だからな…>

 1週間前になって)

 <やっぱりあのころは雨かな?…>

 3日前になって)

 <おい、台風が来るらしいよ…>

 

(ところが2日前になって)

「皆さん

  そろそろ梅雨も終わりになったようです。

  週末にかけて、全員・自称“晴れ男”になりそうです。

  それぞれのグループで出発場所と時間を最終確認してください。

  くれぐれも交通には気を付けてお越しください。

 では、春日居でお会いしましょう!

                  幹事」

 

今回のイベントに参加表明したメンバーは、過去からのゴルフ仲間、通勤沿線、同じ地域に居住、交通事情等々それぞれつながり理由は種種雑多。

つながり理由はともかくとして、現地の事情とか交通事情をお知らせして、それぞれ交通手段を考えてくださいと声をかけると、それなりに皆さんで調整をするという遊び人達だから心配ない。

 

連れ立ちグループは4グループとなった。

このうち自家用車グループは39人。他の3人は特急―あずさグループで最寄り駅の石和温泉でレンタカーを借りて現地を移動するグループができた。

一般にはそんなグループが往復一緒に行動するのが普通だが、イベントの次の日が土・日となれば話は別だ。

 

<帰りは、ぶらっと信州に寄って帰ります>とか、<都内で別の会食が待っているので途中下車します>とかいう人があって、実は私もこの日、<都内で飲み会があって、帰りは電車で帰ります>とあって、年寄りのわがまま行動は花盛りの感あり。

<以下、次回>

「普段は模範的な○○役を自認する皆さん!

たまには初夏の日差しを浴びて、

南アルプスを見ながら、青空にナイスショット!

しませんか?

 

ということで、添付の様な、

「初夏の山梨でゴルフと温泉を楽しむ会」

を企画しました。

 

現地では大変人気のあるプログラムです。

やっと3組の仮予約を取りました。

12ラウンド、天然温泉、食事4食付き、全員個室」

料金は28,300円です。ほかに、カラオケルーム、麻雀ルームがあります。

きっとご満足いただけるものと確信しております。

限定12人のみですので、早めに決断を!

 

富士山、南アルプス、八ヶ岳等の山々を見渡せる絶好のロケーションで、

戦略性の高いコースをお楽しみください。

プレーの後は天然温泉でリフレッシュ!」

 

周りでこの話を知っていた友人の一人が言う、「そうね、この話はすぐ集まるよね。第一金額も安いし、行きたい人はもっといるのではない?」

そんな彼女の予想通り、421日(金)1630分発信のメールを見た仲間たちは、ほぼ即決で返信。当日中に11名が手を挙げて、あと一人が次の日に、「まだ空いてる?」と駆け込んで、ハイそれまでよ、となった。

 

こんなイベントをここ数年プロデユースしてきたが、これまでは東京西部方面、神奈川・静岡・伊豆方面が中心の12ラウンドを行ってきたが、今回は思い切ってその足を山梨方面に延ばしてお誘いをしたものだ。4人で始まったこのイベントは、今回で35回目となって、参加者も12名と広がった。みんな異なる会社の仕事仲間たちである。中には、現役引退の人もいるが、最年少で57歳~72歳まで、最年長は後期高齢者の私である。みな心の通った良き友達である。

 

かくして、76日~77日に決行となった。

<以下、次回>

 

<毎月1回・木曜会>
 うっとうしい毎日が続いて、カレンダー上は梅雨も本番!と思うようなこの1週間。
 ところが先週のゴルフ・2ラウンドは、雨がないゴルフ日和であった。
 木曜日のゴルフ・・・、旧Mグループの先輩たちとのツキイチゴルフ・木曜会である。最年長者・I氏は81歳。相変わらず元気もさることながら、口も達者。ホンネ半分、嫌味半分で後輩を叱咤激励する。18ホールをカートにも乗らず、すたすたと歩いてプレーする。聞くと、毎日朝は散歩1時間、1万歩以上。その合間に、ラジオ体操を第1と第2を必ず行う。そのせいか、足も速いし、動作もきびきび、そしてパットが良く入る。目標は、90歳までゴルフをやりたいという。だいたいスコアは、100ちょっと。私の当面の目標の人だ。

<第3回ファミリーゴルフ会>
 木曜会の翌日は、娘のダンナ3人と第3回のファミリーゴルフが、梅雨の合間の天気に恵まれながら、和気藹々の中で行われた。半年前から体力回復に努め、この日のために、3週間前から練習を再開した長女のダンナさん。練習場で見た感じでは、かなりの苦戦が予想されたものの、本番は何のその。随所に、好ショットを見せてみんなを驚かせること度々。とはいえ、本番経験不足があって、90台&70台(各ハーフです)でホールアウト。
 次女、三女のダンナはまだ現役バリバリの働き盛り。前回より大幅な進歩をしたのは、練習熱心な三女のダンナさん。毎週2日は練習! の成果が着実に表れている。もう私を追い越すのも時間の問題だろう。次女のダンナさんは多忙のせいか、多趣味・多芸?(ウインドサーフィン、陶芸、マラソン)のせいかゴルフまでは時間不足?・・・伸び悩んでいるようでした。
 何はともあれ、ファミリーでラウンドできることは嬉しいことです。毎年1~2回は続けたいものですが、あまり私がしゃしゃり出るとパワハラ? のように聞こえてしまうことが心配です。自然の盛り上がりに期待しています。


<ゴルフ好きの練習会>
 7月第1週に予定している山梨遠征は、仕事仲間のコンペである。一行12名であるが、そのうち3名(私を含めて)が、特に熱心のようだ。約2か月前からの企画は、早めに参加メンバーが決まり、皆さん楽しみにしているようだ。
 と云う訳で、超スキ者3名が、「その前に練習ラウンドを・・・」、と、割引サービス月間を行っている相模野CCでプレーすることになった。雨の少なかった今年の梅雨も、この日は朝から小雨模様。そんな小雨をものともせずに、この3名は、バキバキ打ち合う。スコア関係なし。ともかく練習ラウンドと割り切って、思い思いに・・・。そんな練習ラウンドに、千葉・流山から参加したSAK氏。初台から新車を飛ばしてきたWAT氏。地域の先輩・SUY氏は初顔合わせながら、この組にすぐ溶け込んでくれた人生の先輩(82歳)の配慮はさすがだ。そんな即席組合せに天気も思い直して、後半は雨上がりの好コンデッションとなった。


 1週間で通算3ラウンド・「梅雨時のゴルフ三昧」は、なぜかウイークデイだけの3ラウンド。その間に、土曜日に仕事をするという変則の1週間であった。






(2017-6-17 9:30am 高尾山599.15m 長女と登る)
 
 6月17日。長女からせがまれて高尾山に登る。
 昨年の秋に登る予定だったが、その日はあいにくの雨で中止。今回の再チャレンジとなる。
梅雨の真っ盛りの筈のその日(6月17日)は幸いにも晴天。早めに出発したので、道中も楽な旅だ。思いがけずにケーブルカーも出発2分前に乗車。頂上へ着いたのは9時30分ころ。ちょっと早かったが、娘が持参したおにぎりと、私が買い出したおしんことサラダセットが好評。

 娘が語る。今日オヤジと高尾山に登るという話を、勤務先の上司(65歳くらい?)に云ったところ、
「75歳のオヤジさんを連れていくのは大変だねー」という。
娘は、「とんでもない。あまり運動していない私を連れていく親父のほうが大変・・・、オヤジは75歳でも現役バリバリ、それに水泳や筋トレもやっていてわたくしよりもずっと元気です」
そんな会話もあったらしい。

 51歳の長女と75歳のオヤジが高尾に登る!
そんなに沢山ある話ではないと思う。親父には女房(母親)がいるし、娘にはダンナもいるのだが、なぜかこんな道中となった。(今回は娘の発案だ)
 
 12時過ぎには下山して、いつものように蕎麦屋に立ち寄る。JR高尾駅前にある古い店だ。
娘はビール。わたくしは日本酒を注文。ここの日本酒に「氏照」という銘柄がある。そう、あの【北条氏照】にちなんだ八王子の酒だ。この蕎麦屋さんは、閑な時はお燗してくれるが、ちょうど忙しい昼時なのでお燗はお断りされてしまった。常温で3本いただいて、最後はとろろそばで仕上げだ。程よく酔って帰宅は15時過ぎとなった。オヤジにとっても、娘にとっても、それぞれ思いやりながらのいい一日であった。


<今日は何の日?・・・>
 6月某日。親父からメールを流す。滅多にない娘3人へのメールだ。

「今日は何の日?・・・ハイ、お陰様で私たち夫婦は51年が過ぎました」

すかさず、返信が来た。「51年ですか? 52年じゃない?」と疑問符がついて、さらに、
「だとしたら、私は、できちゃった婚の子供なの?」
とかなりショッキングな返信である。
それもそのはず、本人は長女として生年月日(昨年満51歳)を承知しているのに、計算上、1年合わないからだ。6月に結婚したのに自分は9月の誕生日だから確かに早すぎる。

 もう半世紀も前の話である。日付は覚えているが年号までは不確かとなってしまった。まさに認知症のせいかも知れぬ。
 当時は、田舎の金融マンの端くれ。毎日、残業残業で、終わると上司に誘われるがままに赤提灯・のれんをくぐる毎日。若くして結婚した(24歳)のはいいが、安サラリーマンでかなり
苦労した時代だ。結婚して1年半、やっと第1子を授かった次第だ。とてもとても、出来ちゃったから・・・等という時代ではなかった。真面目に、一生懸命頑張っていた時代と自分では胸を張って言えるのだが・・・。
 
あの年は、東京オリンピック(1964年)の翌年でした。今年で52年になります。 
とんだ計算違いでした。

 

  

 

日本では青木功、尾崎将司とともにAONと呼ばれ、一時代を築いた名選手、中嶋常幸(62)も大きなスランプを経験している。1980年代から90年代にかけては日本男子ツアーのメジャー大会を11度も制したが、1996年から2001年までの6年間は優勝争いどころか、上位進出もなかなかできない不振に陥った。結果がついてこないことで考え込み、スイングの改造などを試みては失敗。それでますます自信を失うという悪循環。プロゴルファーの世界では、こうしたスランプは誰もが経験するという。

 

 プロゴルフは他のプロスポーツとは異なる特性がある。たとえばプロ野球やプロサッカー。最近では長く現役を続ける選手もいるものの、20代、30代の選手で占められる。技と勢いを併せ持つ選手同士が戦うわけだ。そして年齢的限界がくると現役を去る。が、プロゴルフは40代以上でも老練の技で勝負できるから現役を続けるし、勢いのある若手も入ってくる。ライバルが大勢いるわけだ。

 

 その厳しい勝負で生き残るには、強みとなる武器を磨き、高いモチベーションで試合に挑み続けるメンタルの強さが必要になる。だが、これまで述べたように、ちょっとした感覚の狂いで本来の実力が出せなくなることも多い。プロゴルファーは一打一打を決しておろそかにせず、着実にスコアメイクする考え方が身についており、一度スランプに陥ると深く考え込んでしまう。そのため出口の見えない不振が続く。厳しい世界なのだ。

 

 宮里はこの4年間、不振を乗り越えるため、必死で練習し、モチベーションを高めようとしたに違いない。しかし、理想に近いゴルフを手にしたことがある分、ギャップを埋めるのは難しく、モチベーションが湧きあがってこなかったのかもしれない。

 

 会見では、今季限りという期限を切ることによってモチベーションを取り戻したいというニュアンスのコメントがあった。気持ちがついてくれば技術はあるのだから、残された試合で有終の美を飾る可能性は高いのではないだろうか。

    (以上、スポーツライター 相沢光一氏の記事より)

 

2009年7月に、

藍ちゃんが初優勝した時に喜んでアップしたブログがある。以下は原文のまま

 

藍ちゃん私も泣けた!!

■■■■■■

 宮里 藍ちゃんがとうとう優勝しました。

 皆に期待されながらそれが果たせず、ずいぶん苦労したことでしょう。

 この3年余り、いろいろ試行錯誤したり、悩んだり、苦労の末にやっと

つかんだ栄冠。優勝が決まった瞬間の万感の思いに涙した藍ちゃんを見

て、私も泣けました。

 まじめに、一生懸命チャレンジしてそれでも何度も打ちのめされなが

ら、ひたすら努力を重ねた結果つかんだ優勝は、藍ちゃんだけのものとし

てあげたい。

 藍ちゃんほんとうにおめでとう!


 そんな藍ちゃんのおめでたい日に、私の7月ただ1回のラウンドがありま

した。

 結果は、42、45でした。最近はこんなスコアが精いっぱいのようで

す。

 <藍ちゃんに泣かされた日・・7/25>

 

(このころ、老人の受験勉強で、は数か月間プレーを返上していました)



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