2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
[92] [93] [94] [95] [96] [97] [98] [99] [100] [101] [102]

【日本シリーズ】優作、藍と号泣V!「やっと勝てました」

スポーツ報知 12月9日(月)7時4分配信

【日本シリーズ】優作、藍と号泣V!「やっと勝てました」

通算13アンダーでツアー初勝利の宮里優作(右)は、歓喜の涙を流しながら妹の藍と抱き合った

 ◆報知新聞社主催 男子プロゴルフツアー 今季メジャー最終戦 日本シリーズJTカップ最終日(8日、東京・東京よみうりCC、7023ヤード=パー70) 優作が藍の前で悲願の初Vを決めた。首位から出た宮里優作(33)=フリー=は4バーディー、5ボギーの71と苦しみながら、通算13アンダーで逃げ切り、初優勝をメジャーの舞台で果たした。最終18番では、日米ツアー24勝を誇る妹の藍=サントリー=(28)を始め両親、妻、子供ら愛する家族に見守られ劇的なチップインパー。50回大会記念にふさわしい感動のフィナーレを飾った。3打差の2位は中国の呉阿順(28)=上海湯臣GC=。

 負け続けてきた優作が、土壇場で藍のような勝負強さを見せた。「あのチップインは50回に1回の確率でしたね」。2位の呉に3打リードして迎えた最終18番パー3。4アイアンの第1打はグリーン左ラフへ。第2打はトップさせてグリーンオーバー。トリプルボギーでプレーオフ突入か…。観衆がざわめいた。グリーン脇で見守る家族は身を硬くした。

 ドラマが待っていた。ピンまで10ヤードの右ラフ。サンドウエッジを振り切ると、フワリと上がったボールはグリーンを転がり、カップに吸い込まれた。悲願の初優勝は奇跡的なチップインパーで決まった。大歓声に包まれ、膝を落として泣き崩れた。

 最終日・最終組は過去15回。そのうち3回、2位に泣いた。アマ時代も含めて通算6回、プロの舞台で2位に甘んじた。「やっと勝てました。これが腰を抜かすというものなのか、と分かりました。いつも最終日にガッカリさせることが多かったけど、今日はいい意味で裏切ることができました」。ツアー参戦11年、253試合目でつかんだ優勝の味をかみしめた。

 最終日はアマチュアのような大スライスから始まった。1番パー4。第1打は右に大きく曲がり、崖下に消えた。3オンにも失敗。バンカーからの第4打も強めにボールが飛び出し、ピンに直撃して辛うじてボギーで抑えた。「自分でもびっくりしました。体が全く動かなかった」と悪夢の1番を振り返った。

 16番では呉に1打差まで迫られた。「途中までバカになってゴルフができていなかった。考え過ぎていた」。苦しい状況に追い込まれた時、永久シード選手の青木功(71)の言葉を思い出した。「どういうショットを打つかではなく、勝ったか負けたかが大事なんだよ」。苦闘のプロ11年を象徴するような18ホール。指摘された詰めの甘さを克服した。勝負に集中した結果、勝負に勝った。だからこそ18番の一打は劇的だった。

 先週のカシオワールドで7位に入り、賞金ランク上位(24位)の資格で、ぎりぎり出場権を獲得した。「日本シリーズJTカップに出られるだけでも誇りなのに勝てるとは思わなかった」。今季、ここまでの獲得賞金(約3869万円)を上回る優勝賞金4000万円を手に入れた。賞金ランクは自己最高の07年14位を大幅に上回る7位に躍進。「これから2勝、3勝と積み重ね、本当に強いゴルファーになりたい」と言い切った。第50代日本シリーズ王者となった優作は、さらなる高みを目指す。

 ◆宮里 優作(みやざと・ゆうさく)1980年6月19日、沖縄・東村生まれ。33歳。レッスンプロの父の優さん(67)の影響で3歳からゴルフを始める。大阪桐蔭高、東北福祉大時代に日本ジュニア、日本アマ、日本オープンローアマ、日本学生とアマのメジャータイトルを総なめ。2002年12月にプロ転向し、03年からツアー参戦。170センチ、70キロ。

 ◆ツアー初参戦から初優勝に要した年数 優作は11年を要して達成した。日本ツアー史上最高は97年アコムインターナショナルで初優勝した金山和雄(当時44歳)の22年。最近では今年4月の東建ホームメイトカップを制した塚田好宣(44)が1994年のプロ転向から20年を要して初勝利を挙げた。

<18番ホールの3打目が奇跡のチップインで・・・、いかにも初優勝まで11年もかかった選手の劇的なフィナーレでした。一生懸命生きて・頑張っているといつかは女神がほほ笑むということを、また見せられた良いシーンで感激した。おめでとう優作君!>

<12月第1週のあれこれ・・・>

○ふるさとからリンゴの便りがありました。

 毎年この時期になると、秋田・横手の実家からリンゴの便りがあってポリフェノールの補給になります。品種は、“ふじ”が多いようです。最近は、その皮の部分にポリフェノールが多く含有するということで、皮をむかないで食べることにしております。さすがに“丸かじり”はしませんが。但し、リンゴは洗剤をつけて良く洗っています。こうしないと、消毒薬やら手垢・雑菌等が多くついていると思うからです。こうしたことは、柿についても同じように皮のまま食することにしています。また、ぶどうも皮のままとなりました。(ブドウのあの白い粉状のものは、消毒ではなく、ブルームというブドウ自身が身を守るために自噴しているもの・・という解説があった)

今や、たいていの果物は、皮のままの方がポリフェノール等を多く含んでいるという説を信じています。

 

○広島から牡蠣の便りが来ました。

 もう30年位になるが、前々職場の友人が広島へ転勤してから、毎年この時期になると“広島の牡蠣”が送られてくる。(いつからか私も、毎年9月第1週には山梨へ行ってブドウを送っているが・・・)

 だいたいは、牡蠣鍋にすることが多いが、カラ揚げの時もある。昨晩の牡蠣鍋は、気温が寒い日であったことと、スポーツクラブで一汗かいた後でもあったので、ビールを飲みながら最高の気分・最高の味でした。

 かれこれ30年続いているお土産交換?である。

 

●残念!大野かっちゃん・・・安らかに・・・。

 昨夜、会長からメールがあって・・・、残念なお知らせです・・と。

 

彼は、土曜会に誘ってくれた恩人。土曜会に入会する前から、彼の紹介で土曜会に何度か入り込ませてくれて、その後正式に会員になってもう3年が経つ。

 夏が苦手な彼は、一人大汗かきながらいつもハーフ後に下着を全面とっかえするほどだった。さすがに真夏はお休みが多かったが・・・、彼と最後のラウンドは4月であった。

 10月15日に連絡を取ってから間もなくのことであった。

 

 10月27日 ご逝去 享年70歳。

                         合掌

  

 

 

 

・ローソン 景品のマグカップ173万個を自主回収

TBS系(JNN 122()2113分配信

 コンビニ大手・ローソンは、景品として配ったマグカップに熱湯を注ぐと破損する恐れがあるとして、およそ173万個を自主回収すると発表しました。

 自主回収の対象は、ローソンが9月3日から先月25日までに景品として配布した「リラックマティーマグ」およそ173万個です。熱湯を注いだところ破損したなどと2日までに39人から報告があり、その内7人が軽いやけどや擦り傷を負っているということです。

 このマグカップは、ローソンが凸版印刷に製造を委託して中国の工場で生産されたもので、破損の原因はまだ分かっていないということです。

 

<このニュースを聞いた時、どこで製造したのだろうか? と思いましたが・・・やっぱり・・・でした>

 

 

「歩きスマホ」ダメ、ドコモがアプリ 操作不能に

2013/12/3 日経電子版 1954

 「歩きスマホ」はダメ――。NTTドコモは利用者がスマートフォン(スマホ)の画面を見ながら歩くと、警告画面を表示してスマホを操作できなくするアプリ(応用ソフト)を開発した。事故やトラブルの防止が狙い。スマホに内蔵したセンサーで端末の傾きや揺れを検知し、歩きながら使用しているかどうか判断する。

利用者がスマホ画面を見ながら歩くと、警告画面を表示し操作できなくするアプリをNTTドコモが開発=共同

 子どもに持たせるスマホの機能を親が制限できるアプリ「あんしんモード」に新機能として組み込み、5日から提供を始める。利用は無料。歩きスマホを検知すると画面に「危険です、歩きスマホ」と表示し、立ち止まるまで使えなくする。

 

 街頭や駅などで歩きスマホに起因するトラブルが後を絶たない。今年5月には東京都新宿区のJR四ツ谷駅で、小学5年生の男児がホームから転落する事故も起きた。

<これまでブログで何度か警告?してきたが、やっと現実の対策機が出てきたようだ。今回は子供用の様であるが、問題は大人だ!大人が平気でやっていることを子供はどう見るか。・・・歩きスマホをしたら、即、画面OFF(又はレッドカード表示)なんていうのはどうか! 又、そういう表示・システムをメーカーに義務付けるということもある>

 

<いろんな人とのコミュニケーション・・が取れなくなった人達>

 ●お店がなくなっちゃった!

  ・もうかれこれ15年ほど前から時々寄り道した駅裏にあった赤ちょうちん

風の小料理屋さん。前職の先輩から連れられて時折ふらっと寄ってい

   た。

「晴々会」でも何回か利用させて頂いた。

もう80歳近い女主人はしっかり者で、近隣の大手会社の客が多かった。

しかしその頃の客も今はほとんど引退して、昔の客はあまり来なくなっ

た。ひとりで店を切り回し、最近では、半分は健康のため店をやってい

るようなものとぼやいていた。寄る年波には勝てず? 最近では身売り

の話がちらほらあったようだ。 

「どなたか店を引き継ぐ人がいたら譲ります」、と話があって間もな

く、
5月頃になったら店の看板が変わっていて、目出度く引き継ぎ(譲渡)

をしたようだ。新しい店名は、日本人向きでないので寄る予定はない。

因みに、旧店名は“○瓢”という粋な名前であった。

 

 ・小田急線を跨ぐ踏切の2つ目を100メートルほど新宿寄りに行ったところ

に、魚料理の居酒屋さん「○○かわ」があった。畳座敷とカウンターのある

魚料理が専門で、関東近辺の漁港から仕入れた鮮魚の料理と、ママが全国

から珍しい日本酒を取り寄せていて、日本酒と魚の好きな客には好評であ

った。マスターは魚の料理もさることながら、歌も素人としては一級品

  で、

時々、近くのバンド付スナックで、リサイタルをするほどであった。得意

は、カントリー、ポップス、ニューミュージック系のようだった。何回

  か、
私とニューミュージックをハモったことがある。ヂュエット曲は「夏

  の終
わりのハーモニー」でした。(たぶん319日が最後のヂュエット

  だった
と思う。私はこれが最後とは・・・つゆ知らず)

 「3月末をもって終わりのハーモニーとしました」、とばかり突然の閉

  店
を知ったのは4月半ばのことでした。約50年の居酒屋稼業に終止符を

  打っ
たようです。そういえばいつからかママさんの姿も見えなくなってお

  りま
した。病気でもしたのかな?と思いつつ、そうだったかと納得せざる

  を得
ませんでした。きっといい方向での閉店ではなかったのだろうと余計

  なこ
とを考えてしまいました。

 

 ・JR町田駅が、原町田と称していた頃、小田急線の新原町田駅(当時)との

乗り換えには、通称、マラソン横丁という商店街がありました。その途中

に“亀の○”という魚料理店がありました。料理は何でも“ドーン”と大

盛りで人気がありました。最近はほとんど行く機会がなかったが、十数年

前までは質より量の仲間たちとは時々行きました。

   最近になって、2階の階段が閉鎖されていることに気付き、張り紙を見

  たら、「8月末をもって閉店しました」・・・と。場所は、自動車があま

  り
通らない、商店街だが、休日は若い人達や家族連れで賑わう通りであ

  る。    

  立地は悪くない場所と思われるが、今の消費者心理を捉えきれなかったの

  だろうか。何かが欠けて人気がなくなったのでしょう。それとも、長テー

  ブルの畳部屋では今の若い人達には人気がないのかもしれない。又一つ時

  代に乗り遅れたお店が消えて行きました。

 

●最近会わなくなりました

 ・スポーツクラブに通って16年になる。自分でやっている種目は、水泳・

水中ウオーキング、マシントレーニング、ランニングマシン等が主なの

  で、
ほとんど一人で行う。エアロビとかヨガ体操などのような団体で行う

  もの
でないので、余り知人・友人はいない。

 そんな中で、3年ほど前に、マッサージプールで突然声をかけられた人

がいる。眼鏡をはずしてプールにいると、ド近眼の悲しさ、ほとんど誰か

見分けがつかない。そんなある日、「○○さんですね、昔お世話になった

  △
△△です」と声をかけられた。近づいてよく見ると、数年前に時々通っ

  た
クラブのホステスさん、それも外人さんです。どうやら、ダイエット目

  的
で、ランニングマシーンやマッサージプールを利用しているようだっ

  た。

彼女は、今はクラブの経営者として、店が始まる前の夕刻(7~8時頃)

に、トレーニングに来ているのだった。それから1~2年は時折顔を見た

が、ここ1年ほどは見えないようだ。 来る時間が変わったのか?、それ

とも退会してしまったのか? 日本人と結婚している(子供も大きい)の

で帰国はないと思うが・・・。ま、どうでもいいか。

 

 

 

 



★久し振りの高尾山ハイキング(?)

 『高尾山(特別研修会)』と称する、高尾山~城山~景信山のハイキング(山歩きに近い)に参加しました。業界の仲間たちの集まりです。研修会と言っても難しい理屈を言い合う訳ではなくて、単なる山歩きの親睦である。11月初旬から計画があって誘われていたが、あいにくこのところのやり過ぎ?からか、ゴルフ疲れ(左手・足・腰の痛み)があったので、とうとう参加予約しないままに、いきなり当日に現地で飛び入り参加。

 天気も良く、気温も平地で18度とか、絶好の紅葉日和であった。足腰に不安があって、最初から登山道・急登に取り着いたので恐る恐るの調子だった。

先頭のペースがやや早いように思えたのは、自分の体力の衰えと感じていたが、そのうち他の皆さんもやっぱり苦しそうだったので、リーダー・先頭のペースの速過ぎだと密かに考えて、機を見て、一番ひ弱な私が(セオリーどおりに)先頭に立ち少しペースを落として登ったら、賛同(このくらいのペースならいいね、という声が聞こえた)してくれた人もいたようだ。

 ハイキングと銘打っていたが、どうしてどうして、立派な山登り・降りの連続で、下山の時間を考えて余り休憩も長く取らなかったようで、それなりにハイペース・ハードな山行であった気がする。所要時間5時間半。久し振りにたっぷり汗をかき、帰りに昼食を兼ねて高尾駅前の蕎麦屋で大宴会?となって盛り上がりました。

 心配のあった足腰の痛みはそれほどなく、太もものハリがある程度で、普段の鍛錬がモノを言った? と思いました。因みに参加者7名。最年長者は断トツ72歳の私。皆無事で何よりでした。私もホッとしました。<1124日の話>

(写真:小仏峠付近から世界自然遺産“富士山”をバックに・・義弟?と)

 



カレンダー
12 2026/01 02
S M T W T F S
1 2 3
4 5 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
[07/09 NONAME]
[04/09 エリ]
[04/08 harenov]
[04/08 エリ]
[01/28 だいき]
最新TB
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析