2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
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もうすぐ75歳の誕生日がやってくる!!!

と思っていたら、1か月も前から、「後期高齢者医療被保険者証」なるものが、いきなり、予告なしに、東京都後期高齢者医療広域連合なるところから送付されてきた。

 この際だから、ちょっと調べてみることにした。

以下は、「後期高齢者医療制度」の概要である。

 

「後期高齢者医療制度」とは

● 平成20年(2008年)4月からスタートした、新しい医療制度です。

● この制度は、75歳以上の高齢者を「後期高齢者」と呼称し、新しい保険  

  システムに組み入れるもの(65歳~75歳未満の高齢者は「前期高齢者」

  と分類される)。

● 65歳~75歳未満でも、「寝たきり等の障害がある」と広域連合から認定さ

  れると、「後期高齢者医療制度」の被保険者となる。

● 男女とも75歳になった段階で新制度への自動加入という扱いで、選択の

  余地はない。

● 新たに、後期高齢者(75歳到達)になると、「後期高齢者医療保険者証」

  が住居地区の市町村で構成する「後期高齢者医療広域連合」より公布され

  る(75歳誕生日の約1か月前頃に自動的に送付される)。

● この制度では、「個人単位」で保険料が計算される。(原則として年金支給

額から、年金支払期ごとに保険料が天引きされる(特別徴収)・・・年金

手取額が減る。(但し、口座振替も可能(市町村窓口で受付)

保険料について

● 保険料率は2年ごとに見直され、東京都内で均一です。

● 保険料額は、被保険者が均等に負担する「均等割額」と被保険者の前年

  の所得に応じて負担する「所得割額」の合計額となります。

● 平成2829年度保険料額【年額】

                          

 


 保険料額        

【年額】     =均等割額(被保険者一人当たり)・・・42,400

(限度額57万円)

 

       

所得割額(賦課の基になる所得金額 × 所得割率 9.07%  

 

 

<以下、次回>

【よくやった銅メダル】

  陸上:男子50キロ競歩・・・・・荒井 広宙選手

   マラソンよりもさらに8キロ近く長く、しかもマラソンのように飛

び跳ねてはいけない、必ずどちらかの足が地上についてなければな

らないというルールの中で、それでも早く歩く競歩。時には途中で

注意を受けたり、失格もありうる中で、スタミナの続く限り歩く!

   粘り強い、あきらめない日本人の勝利といえる。ご苦労さん!

  卓球:男子シングルス・・・・・水谷 隼選手

   いったんあきらめかけた(?)卓球人生を、もう一度やり直したの

だという。この実績が、後輩たちにいい刺激となる。団体戦でもそ

の効果が出た。東京大会が楽しみである。

 

  カヌー:男子スラローム・カヤックシングル・・・羽根田 卓也選手

   失礼だが、ボート競技、ヨット競技はよく聞くが、カヌー競技は日

本ではあまり競技人口が多いとは言えない種目である。このため、

本人もヨーロッパに約10年間も武者修行に出て、結果を出したも

のだという。その努力には敬意を表したい。おめでとう!


このほかにも、価値あるメダルはいろいろあった。日本人のひたむきな努力やフェアプレーは世界中に賞賛された。

これに対して、スポーツの世界ではあるが、勝負にこだわり過ぎた国の中には、選手のみならず、指導層や責任者に問題ありと思わせる状況も見え隠れしていた。それらの中には、お国の事情、中には国ぐるみの不正?(ドーピング)もあるようだ。これらは、スポーツをやる以前の姿勢の問題であり、そういうことを組織ぐるみ、国ぐるみで行うことは、オリンピックに参加する以前の問題だ。選手に出場停止・禁止を科す前に、
そのような国の指導者がまず責任を取るべきだと思う。そのような国の一般市民はこのような指導層の恥ずべき行為をどう思っているのか聞いてみたいものである。

そんな意味で、リオ・オリンピックは、日本人にとっては殆どの人が大変満足した気分を味わったと思われるものの、一方では、アンフェアな国もあって、今後のスポーツ界に暗影を投げかけられた大会でもあった。

<リオ・オリンピックで印象に残ったメダル>

 第31回リオ・オリンピックが終了した。

 オリンピックは第15回・ヘルシンキ大会(1952年)から記憶があるが、当時はテレビのない時代だったので、もっぱらラジオの放送と、後日に見る新聞が楽しみだった。あれから64年の間に16回のオリンピックを見たり聞いたりしてきたことになる。スポーツ好きの私にとっては、堪らないスポーツイベントである。今回も、2週間余り、眠い目をこすりながら、楽しまさせてもらった。

 

 今回の大会で私なりに印象に残った日本人選手の活躍をリストアップしてみた。

 

【価値ある金メダル】

  水泳:女子200メートル平泳ぎ・・・金藤 理絵選手27歳)

   年齢を書いて失礼だが、平泳ぎという競技は、足のキック力が命と

いわれてきた。キック力は若いうちが強いので、金藤さんの年齢で

はかなり不利と見られていたが、厳しい鍛錬の賜物と思う。大拍手

である。

 

  レスリング:女子58キロ級・・・・伊調 馨選手

   日本人初の史上4連覇を達成したのは立派です。少なくとも12

以上、体力を維持しながらの金メダルはすごいの一言に尽きる。そ

れに、決勝戦で、残り数秒での逆転勝利は感動ものです。

 

  バドミントン:女子ダブルス・・・高橋 礼華、松本美佐紀選手

   期待されてはいたが、何が起こるかわからないのがオリンピック。

   決勝戦の第3セット終盤で追い詰められてからの5連続ポイント

で逆転勝利。最後まであきらめない日本人の見本でした。

 

  体操:男子体操個人総合・・・・・内村 航平選手

   実力はナンバー1といわれながら、最後の種目までは2位に甘んじ

ていて、追い込まれた最後の種目・鉄棒での大逆転演技は思わず万

歳ものでした。惜しくも2位となった選手が「審判は公平(航平)

であった」、と内村選手を褒め称えたスポーツマンシップは爽やか

だった。

 

【すごいぞ銀メダル】

  陸上:男子4×100メートルリレー・・・山縣 亮太、飯塚 翔太

                桐生 祥秀、ケンブリッジ飛鳥選手

   最近のスポーツで、これほど興奮し、痛快だった競技はないと感じ

た。昔から、この種の競技は、陸上の華とも呼ばれており、どの大

会でも盛り上がる競技であるが、場面が違う・相手が違う。そんな

中で痛快極まりない走りは、見ていて37秒余りの間息が出来ない

ほどであった。体力的に劣るといわれている日本人がこれほど世界

にアピールした競技はないだろう。以上の価値のある重みのある

銀メダルだったと思う。

 

  卓球:男子団体・・・・・・・・水谷 隼、丹羽 孝希、吉村 真晴選手

   しばらく世界の上位に入れなかった男子だが、個人の水谷選手の銅

メダルが勢いをつけた、チーム日本が実力以上に大健闘した。中国

には全く及ばないと思われたが、個人戦の1勝(水谷)をはじめ、

敗れてもセットを取るケースが出てきたことは、実力アップした証

拠。銀メダルは立派です。

 <以下、次回>

 

もう2か月近く、ブログにご無沙汰していました。
 この半年間、身辺が忙しいこともあって、トンと書く意識がなかったのである。
 人形町がホームグランドになって、3か月余りが過ぎて、ようやく落ち着いてきた感じがする。
ここは、東京都中央区というから、大都会・東京都の真ん中、なのだが、周辺が大変革を遂げているせいか、その割にこの日本橋人形町というのは、都会という感じがしない。むしろこの辺りは、まだ昔の下町のような風情が残っていて、面白いところである。街中を歩くと、そちこちに昔ながらのお菓子屋さんとか食べ物屋さん、お土産屋さん、食堂などがあって、どこか田舎の小都市といった感じがする。昼飯でも暖簾の下がった食堂などが結構あって、不自由しない。よっぽど私は貧乏性に恵まれている?のかもしれない。それでも、開店明治○○年とか、昭和ひとけた年などの店もちらほら。そういえば、“明治座”が近くにあるのもうなずける。
 そんな昔の店が多いところを知ってか、今月は、月1回の勉強仲間たちが、「7月は、人形町で食事会をやりましょう」と押しかけてくることになっている。そんな予告を受けて、すでに数件の店を物色しているのであるが。

 先日は、2日に1回煙草を買う店があって、カウンターで財布を取り出す間に、「ハイ! これでよろしいですか?」といつものタバコを出してくるおばさんがいる。思わず、「えっ! ご存知でしたか?」と驚いた。「違ったらどうしようかと思ってました」とニコッと笑っている。
 銘柄を言わずに出してくれたおばさんに、「覚えられたんですね? 悪いことはできませんね」。今朝も、タバコを買いながら、「すみません100円ライターも一つください」と云ったら、「ハイ、これはサービスです」ときた。都会のど真ん中ですが、まるで田舎の町にある人情です。
住めば都?になりそうな今日この頃である。


 <久しぶりの道玄坂上>

 先週末に2か月ぶりに道玄坂を訪ねた。訪ねた訳は、旧勤務先が移転する由で、荷造りを手伝うのが目的だった。

3時間ほどかけて荷造りと不用品の分類をして、後のことは、後輩たちに託し、7年余り住み慣れた事務所を後にした。

帰り道、昔、よく通った喫茶店のあったビルの前で“エッ?“と驚いて、玄関口の張り紙を見た。

 そこには、「当店は、42日をもって閉店させていただきました。長い間ご愛顧いただきましてありがとうございました」とあった。

 私が、近くの勤務先から毎日昼食後に利用させていただき約7年余り、330日をもって退任したばかり。その直後に同店も閉店とは、何という偶然だろうか。まさか私がいなくなったから・・・、という訳でもあるまいが、あまりにも偶然でいささか驚きながら、ちょっぴりさびしい思いがしました。

 

 店の名前は、“CAFFEE V●●●●●”。

 7年も通うとそれなりに思い出がある。特に、そこの店員さん・ウエイトレスとの会話である。それらは、ブログでも何回か紹介したことがある。

 印象の深い店員さんその1:昼時の忙しいタイミングでは、お客さんの案内を実にテキパキと応対し、非常に気持ちのいい客扱いが印象に残っている。彼女のようなそつのない、気持ちの良い客の扱いを他の店でも見たことがない。コンテストがあったら間違いなくナンバーワンであろう。だいたい最近の喫茶店では、入るといきなり、「座席を確保してからご注文ください」という。

私のわがままは、「何言ってんだい。お客に席を案内するのが、あんたたちの仕事ではないか!」とムッとする。このお店は、忙しくても席を案内してくれるからうれしいのだ。

 その2:毎日行っていると、顔馴染みとなって、オーダーメニューも知られていて、私の順番になると、ニコッと笑って、「アメリカンのショート、ダイエットシュガー付きですね」と出してくれる。私が海外旅行の後に、チョコレートを1個だけあげたことがある(他意はない!)。大変喜んで、帰り際に「大変おいしかったです。ごちそうさまでした」とわざわざ席まで礼を言いにきた。その彼女がいつの間にか退職したが、6ヶ月位後に、「また戻ってきました!」とわざわざ挨拶があった。

 その3:1年ほど前のことだが、「主任」というプレートを付けた彼女がいた。

 落ち着いた店員さん(ミセスでした)が、「私、今月いっぱいで退職し、新宿のほうに転職します。お世話になりました」と挨拶を受けた。「それは良かったね。がんばってください!」と喜んであげた。

 

 7年も通うと、「飲み屋さんの常連」ではないが、心が通じ合う時もあるようだ。ほんの挨拶程度ではあったが、それなりに昼休みの気分転換を過ごさせてもらった。

 

 

 

 

 

 



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