2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
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<「日本郵船130周年!」だそうですが・・・>

 

「日本郵船は今年101日で創業130周年を迎えます。日本の近代化が始まった1885年(明治18年)に船出した日本郵船。いくつもの荒波にもまれながら世界有数の海運会社に成長しました。そして今、地球環境にやさしい未来型エコシップの開発に加え、物を運ぶだけでなく、海洋資源の開発にも目を向けるなど未知の世界にも挑戦しています。」(以下略)

 

と言う同社・案内書の特別展を見学してきました。

 

見学場所は、横浜港・海岸通りにある「日本郵船歴史博物館」とそこから海岸通りを歩いて10分ほどの山下公園の海岸に係留されている「氷川丸」である。

正直言って、船にそれほど興味があった訳ではなく、日本郵船の歴史に興味があった訳でもない。仕事柄、加盟している団体の月例勉強会・行事の一つに参加したにすぎないのだが・・・。

 

博物館での案内・説明者は同社が所有する船舶の船長さんだったというのも

船会社らしい。

 ・日本郵船は、旧九十九商会(つくもしょうかい・岩崎弥太郎氏が創設した)から始まったいわゆる旧三菱グル―プ会社である。

 ・戦前には、700艘以上の船を抱えて7つの海(世界中の海)を航海する海運業を行っていたが、第2次大戦で、船が悉く沈められたものの、徐々に復活してきた。

 ・「氷川丸」は、戦前の船で現存する唯一の船。1930年(昭和5年)貨客船として、横浜港からアメリカ・シアトルに処女航海。その後、定期航路船として活躍。戦時中は、政府の御用船になり、海軍病院船、戦地からの引揚船等で活躍。戦後、再びシアトル定期航路に復帰。1960年(昭和35年)に現役を引退。

 ・引退後、横浜港に係留され、ユースホステルや結婚式場、レストランなどで利用されている。

 

 氷川丸の話を聞きながら、自分には氷川丸に関連した二つの縁があったことを思い起こした。

 一つは、約半世紀前(正確には52年前だが)の出来事である。

 昭和38年当時、世田谷に下宿しながらK大に通っていた。その下宿屋さんのお母さんが急病となり、私たち学生は下宿屋を出ざるを得なくなってしまった。

 誰からの情報だったかは定かでないが、横浜港・氷川丸に宿泊できる(ユースホステルとなっていた)事を聞いて、数日間宿泊したことがある。どんな状況だったかはもう記憶にないが、ともかく急場しのぎのいわゆる“渡りに船”といった感じであった。今回、船室を案内されながら、50年前を思い起こすと懐かしさが・・・。

 

 もう一つは、5年前に会社の研修旅行に行った先が“シアトル”だったこと!

 行く先を選定したのは会社なので、事前調査はあまりしていなかったのであるが、現地に行って初めて、日本との交易が戦前からあって、その橋渡ししたのが日本郵船の“氷川丸”であったことを知らされたのである。

 (シアトル旅行記は5年前のブログにアップしているが・・・)

 

 現存する氷川丸とアメリカで2番目に住みたいと言われている都市・シアトルの古き良き関係を見聞しながら、あの時の思い出(氷川丸)、上品な都市シアトルの印象に一人思い耽る、それほどの思いをもつ人は今回の見学会(76名参加)では私以上の人はいないだろうと思いつつ氷川丸を後にした。

 (2015.6.5 横浜港・山下公園地先、日本郵船氷川丸にて)

 

<ズボン or コートのポケットは危険がいっぱい!>

 6月の木曜会ゴルフでの帰り道。早目のクラブバスに乗り込んで田名のバスターミナルに向かう。そこから神奈中のバスに乗り換え、淵野辺駅行きに乗る。

 クラブバスの乗客は我々3名のみ。このバス(と言っても小型のワゴン車だが)は、客がいるときだけ運行するという、いわゆるOn-Requestバスだ。

 

 クラブバスから乗り換えて無事に淵野辺駅へ到着したところで、同行のTAZ氏がしきりにポケットをまさぐっていたが、やがて一言、「携帯電話が見当たらない! ひょっとしたらクラブバスの中に落としたかも・・・」と不安そうに言う。私の電話でクラブに電話して確認したところ、黒っぽい二つ折りの携帯(ガラ系だ)でしたら、座席に落ちていたモノがあります」との回答。

「それです!」とTAZ氏。

 

 さて、どうするか、時間は15時頃。クラブバスは相模原駅行きならクラブ発1540分。駅着だと16時過ぎとなる。ここは淵野辺駅だから、これから相模原駅まで戻ってクラブバスが来るのを待って・・・、バスの運転手に預けてもらえば、そんな手筈でお願いします、と頼み込む。

 

 彼曰く。「携帯は自分の日常生活の大切な行動の必需品です。毎日、あれで動いている。大切な情報が全部入っているのです!」

 彼は、準公職の仕事(半分ボランティアのような)をしていて、全て携帯によって行動その他(特に官庁との連絡等)をコントロール(又は依存)しているという。ビジネスマンだったら、会社・顧客の情報や行動予定、アドレス等、全ての情報ツールが詰まっているパソコンやスマホのようなもの。彼の場合はそれがないと一日も動けない、動きが取れない、そのような大切な代物のようだ。

 

 そういえば、彼はラウンド中でも携帯を持ち歩いているようだ。だいたいウイークディが多いから、時々(官庁などから)電話があるらしい。それほどのものだから、しょっちゅう着信確認を行っており、紛失したとしても気がつくのが比較的早いことが、今回も早めの対応ができたと言えるのであるが・・・。

 

 今後どうするか?

「紐をつけておく?」(私の経験談)

「常にバッグの中にしまいこんでおく?」

「持ち歩かない?」(それでは携帯の意味がない!)

「最近世の中に登場した、【ウエアラブル携帯(腕時計タイプ)】にする?」

等など、彼と会話しながら現地に向かう。

 

 かくて、ほぼ予定時刻に携帯電話の受け取りは完了。一件落着でした。

 

携帯電話の紛失ではないが・・・、私にもクレジットカード&スイカカードを紛失した苦い経験がある。コートの脇のポケットに入れた「スイカ(クレジットカード兼用)」を落として(下北沢駅のホームベンチで)、数日して警視庁から、「落し物が届いています」との電話があって・・・、その反省から、今はスイカカードは、カードケースに入れてひも付きでポケットに入れるようにしている。年をとると注意が散漫になって・・・、恥ずかしながら老化対策・自己防衛策です。・・・やれやれ、年はとりたくないものです。

 

 

 

10日間歩きましたが・・・>

 このところ晴天と高温の日が続いていましたが、それに引きずられて(?)

毎日歩き続けました。と言うのは、524日(日曜日)から62日(火曜日)迄の10日間は雨が全く降らない日が続きました。(もっとも、その2日前も晴れておりましたが・・・)

 

 10日間歩いたというのは、日曜日(524日)に久し振りに、境川サイクリング道路を約10キロ歩いて、引き続き、月曜から金曜日に朝晩の通勤で歩き(1日往復8キロくらい)、土・日に又10キロ、翌週の月・火と8キロづつのウオーキングを連続しました。10日間で合計86キロという計算になります。

 

 良く続きましたが、その間、雨が全くなかったことが幸いしたようですが、うち3日間は真夏日(30度以上)だったり、全体的に高温が続いて堪えました。

10日間の成果は、ちょっと疲れが溜まったのと、足の指に2か所“マメ”が出来たこと、体重が1.5キロくらい減った等がありました。

 

 たまにはいいか・・・歩けるうちが華? ですね。

<とんでもない レンタカー屋さん!>

 身内の若い人達とゴルフに行くことになって、ウイークディに計画したものの、奥さんが仕事で使用するとのことで、それではレンタカーを借りようということになった。小田急沿線の3人なので町田でレンタカーを借りて乗りあいで行くことにして、駅前のORXレンタカーに頼むことにした。

 

 最近は、レンタカーもインターネットで申し込みができる。行く先は近場(大井松田)だし、3人だから軽自動車で安く行こうと予約をした。予約をした当日の夜にたまたまレンタカー屋の前を通ると、手頃の車が駐車していた。思わず店に立ちよって、窓口で、「インターネットで6月に借りる予約したのだが、いま店の前に停まっているような車を借りたいのですが・・・」と申し出た。

 

 ところが、窓口のオッサンは無愛想にこう言う。「軽自動車は、車種は指定できません!、それにその(駐車している)車と言っても、いつお客さんが事故ったりして当日配車できなくなるかもしれないので、お約束できません」と冷たく突っぱねるのです。私も粘って、「乗るのは3人だが、荷物を少し積みたいので軽自動車ならなんでもいいという訳ではなく、あんな(駐車している様な)収納スペースのあるのが欲しいのです」と言ったものの、「どんな車になるかは分かりません!」とケンモホロロの応対である。ムッとしたので、「分かりました。なんでもいいというわけにはいかないので、それでは、ネット予約はキャンセルします」と言って店を出た。

 

 軽自動車はレンタル料も一番安いし、あまりいいお客ではないかもしれない。それに同社では、自動車メーカー系列ではないので、そんなに多くの車種を用意してるわけでもないようだ。

 しかし、あの窓口の傲慢ともいえる態度は何だ! にこりともしないで、面倒くさそうに突っぱねる応対は、サービス業の窓口ではない。例え金額が少額でも、客は客である。何が来るか分からぬ・来ないかもしれないようなレンタルだと、アテにできないではないか。もしも大切な用事を抱えてのレンタルなら、(借りられなかったら)大変なことにもなりかねない。

 そう考えると、あの態度(そもそも軽自動車を軽視している会社の制度も含め)に抗議をしようと、同社のインターネットへ書き込んだ。

 

 ネットに書き込んだ翌々日、町田店の店長と名乗る人から電話があった。

口上は、お詫びから始まって「当社では、軽自動車のレンタル需要が多いのに、車の配備が遅れているため、お客さまにご不便・ご迷惑をかけていること、今回の件に関しては、出来るだけ、お客様の要望に沿えるような車を準備するようにしたい。応対に出た社員は、どんな容姿・タイプの人間でしたか?」と聞かれたので、これこれのようなタイプでした、と答えたら、店長も納得していた。私は、「せめて店長さんが今お話しあったような「できるだけお客様の要望に近いものを準備するよう努力します」と言ってくれれば、ずばり、あれでなければとは言いませんが・・・。なにしろ彼は、ケンモホロロで客の要望を一切受け付けない態度でしたので・・・。それでもサービス業ですか?と申し上げたかったのです。」

 

 「分かりました。では6月某日に準備させて頂きます」

「それではキャンセルしないでお借りすることにします」

 

そんな会話で終わりました。

もうひとつ、気になるのは、あの店に3回ほど行っているが、「いらっしゃいませ!」と言われた記憶がない。そもそもその辺から問題(改善する必要)がありそうなレンタカー屋さんです。

<いま時は、官庁に行ってもちゃんと挨拶する時代なのに・・・>

 

 

<最近のGOLF & あれこれ>

  五十肩が相変わらずの痛みが続く中、3月3ラウンド、4月は4ラウンド、5月も3ラウンド。“よくやるわ-”と女房殿に言われても仕方ないほど続いてはいる。

しかし、スコアはお世辞にもいいとはいえない。100タタキとは言わないが、今年に入って(主に3月以降だが)90を切れない日が続いていた。

 やっとのことで5月から80台が出るようになったが、まだ、本調子ではない。おまけに、左肩を庇ったスイングをしているせいか、右手が痺れるときがある。

 

朝一番のショットでは、始動時に左肩が重く、痛む。3ホールぐらい過ぎてから少し楽になるようだが、準備運動が足りないのか、痛みを忘れてしまうのか・・・、は分からない。ミスショットしてインパクトで芯を外すと、途端に肩に響いてジーンと痛みが走る。ラウンド中、何回かはそんなことが起きて思わず、イテテテッ!ともがくありさま。ショットの正確性のなさを痛感する。5月に入ってスコアがややまとまってきたのは、決して上達したわけではなく、痛み慣れしてきた?のかもしれないが・・・。

 

 整形外科に通いながらのゴルフは気がひける。そろそろ病院通いは止めようと思う。・・・やれやれです。

 

☆  先週末は久し振りに結婚式に出席した。身内以外では20年ぶりくらい

である。

   披露宴の前に結婚式にも参加してくれとのことだったので、早めに出か

けたのだが、式場で驚いたのは、式への参列者が多いことだった。ひょっ

として、あれは披露宴の参加者のほとんどが式にも参加しているのではな

いかと思われた。

人数にして約100人くらいだが、親戚は20人くらい。7~80人

は一般者のようであった。今時はこんなスタイルが多いのかしら?

 

 もう一つ変わったことは、友人・知人のスピーチが少なく、要所要所に

自作自演のスライド(動画)があることだった。これはさすがにいま時はこん
  な演
出が当たり前なのかと感心させられた。それに、型通りに祝電の披露もあ

ったが、数は意外と少なかった。その分出席者が多かったせいかと思われ

た。

後日、当人から聞いた話では、披露宴が終わってからの2次会は披露宴以上の人数が集まり、更に3次会まで続いたと言う。さすがに、身重の新婦は途中で退席したと言うが・・・。いまどきの若い人達のはしゃぎ方は

半端じゃないな、と二度びっくりでした。

 



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