2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
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6月は・・・株主総会の月?>
 6月は圧倒的に株主総会を開催する会社が多い。(3月末が決算と言う会社が多いからだが)それにつれて動きがあるのが役員の選任(新任・再任)、任期満了、辞任等である。まれに解任もあるが・・・。
 もう知人の役員も少なくなってきたが、今年も3人の現役(役員)引退があった。
 
(その1)監査役仲間で、実務部会の役員をやって来たYAGさん。
社内の評価は知る由もないが、少なくとも監査役仲間では誰とでも気さくに話し、いろんな人に自ら話しかけ、困っている仲間に助け船を出してあげるなど大変面倒見の良い人であった。私もいつからか親しく話をするようになって、時折、情報交換会(?)と称する会食等でも飲み・語りあう仲になった。私に多くの仲間を紹介してくれて、協会内で仲間がたくさん増えることになった恩人である。
 今年の総会で任期満了とのことで、612日 東京国際フォーラムにて、
氏の「監査役ご卒業お祝い会」が行われた。65歳で引退とは誠に惜しい気がする。
 
(その2)前々職場の後輩ももう63歳というNAYさん。
管理部門出身では異例(?)の出世頭であったが、常務執行役員を引退することとなった。
 氏はスポーツマン。若い頃はスキー部で活躍していた男。脂の乗り切っていた頃に突然発症(心臓病?)し、その後スキーは断念し仕事に専念した。経理部・予算課で私の後継者であった。販売会社の社長を歴任し、数年前から販売担当常務執行役員の任にあたる。まだまだ若いと思っていたが、大分頭も薄くなっていた・・・。 619日 渋谷・宮益坂のSANKAIにて有志(5人)によるささやかな慰労会を行った。
 「神戸に帰ってゆっくりしたい」と言い残して。・・・お疲れさまでした。
 
(その3)前職場の後継者MURさんも63歳の若さだが・・・。
元々は財務が専門の人。他社から移籍してもう6年が過ぎた。該社ではまだ任期が残されていたが・・・。(役員としてけじめをとのことで辞任)惜しい存在である。
 私の後継役員であったが、一緒に仕事をしたのはほんの1カ月程度(引き継ぎ程度)だが、時々アフターファイブでは6年間の付き合いがある。カラオケが得意?で、よく二人で深夜まで歌った仲だ。たまにしか行かない私と偶然が重なって某所でばったり・・・というのが数回あった。よっぽど縁があったのだろうと思う。
 625日 株主総会で、彼の最初で最後の「監査報告」を見届け、夜は二人でいつものように市内某所をはしごする。いつものように“午前様”でお別れした。
 「四国八十八か所を旅したい」とか、・・・ゆっくりと行ってきてください!
 
 
 3人ともまだ若いのに、・・・惜しいなあと思う。ともあれお疲れ様でした。
                  
<彼らより年食った「送りびと」となりました。ちょっぴり寂しい気分でした>

                     
20年振りの元気な先輩>
 過日。渋谷・宮益坂のスナックにて、大変懐かしい先輩との出会いがあった。
 この人、TONさんと言う愛称の元職場の先輩。もうかれこれ20年振りかもという程、過去の人だが・・・。
 近くで一次会を終わって、5人で乗り込んだスナック。そこに先客が一人いた。白髪だが顔色も艶々した健康そうな老人(失礼!)であった。
 その店は、旧職場の人達が行きつけの店だが、私は年に12回訪ねる程度。だいいちママさんもあまり知らない(お互いに)。
 
 店に入ったとき、T氏は入口を背にしたカウンターに向かって座っていたので、我々が入ってもすぐには分からなかったようだが、彼を知っている人が、我々のグループに2人いて、カウンターに座った途端に、「あら、TONさんじゃないの!」となって、こちらの2人と挨拶が始まった。
 私は、TONさんという愛称(失礼だが)に「え?」と思わず覗き込んだ。
 20年間のブランクはあるが、じっと見るとようやく面影が思い出されてきた。
 
 カウンターの端に座りかけた私は、思い切ってもう一方の端に座っている彼に近づいて行って、「私は16年前まで甲信でお世話になった・・・です」と挨拶した。ようやくそれでお互いを確認できたのだ。
 
 1987年から10年間勤務した甲信地区で、彼は松本地区の責任者として活躍していた。謹厳実直、曲がったことの嫌いな性格で親分肌の性格は、お客様にも好かれていた。反面、社内、特に本社の方はあまり向かず、ために時々ぎくしゃくもあったようである。
 そんな性格・主義があまり理解されない面もあって、サラリーマンとしては損をしていたような気がするが、我々下には理解をしてくれていたように思う。
 
 もう後期高齢者に入っているが、体もスマート、顔色も良く、酒も良く飲む!
歯切れの良い会話は、昔のまま。
2時間余り昔話に花が咲く。偶然の出会いとはいえ、渋谷のど真ん中。
興奮しました・・・・。改めて先輩に乾杯! してきました。
 
 
<携帯・スマホ等のナガラ歩行・運転等について>
 最近、携帯、スマホ等の情報端末類の普及は凄まじいものがあるが、いつも気になっていることがある。それは歩きながらとか、自転車に乗りながらとか、怖いのは車を運転しながらというのも見かける。
 
 先月、都内では、駅ホームでスマホをしながらホームから転げ落ちてけがをしたニュースもあった。よく見かけるのは、階段の上り下りをスマホを見ながらとか、構内を歩きながらというのも結構ある。だいたいそんな人達は、歩くのが遅いのとふらついて歩いているので迷惑する。“まじめに歩かんかい!”と
どやしたくなる時もある。
 
 自転車に乗りながらスマホを見ている人、極端なのはメールをしながらという曲芸張りの人もいる。これも運転がふらついて歩行者は危険を感じるのだ。
 携帯電話が出始めのころは、車の運転も通話がほとんどだったが、最近では画面を見ながらだから危険極まりない。
 
 いつだったか、電車の中で座りながらスマホ・携帯を操作していた人(若い女性だったが)、熟年のおばさんから食い下がられていた光景があった。その時の一言がこうだ。「あなたはそこに座る資格がありません。どうしてか分かりますね?」その席は、老人・体の不自由な人達の優先席だったのです。
 
文明の利器も常識をわきまえて・・・気をつけよう。
 ほとんど全盛期を過ぎたと思われる人達が・・・・最近すごいことをやった!と感心させられた。
 
<女子プロテニスプレーヤー クルム伊達公子選手>
 テニスの、クルム伊達公子選手がその一人だ。今年43歳(失礼)。
 先日行われた、ストラスブール国際テニス大会でダブルスに優勝した。
彼女は、25歳でいったん現役を引退し、その後37歳で現役に復帰。今も世界を転戦しているすごい人。彼女の記事をちょっと借用するとこうだ。
 
 「1995年に世界の4位に上り詰めながらも、25歳の若さで引退した伊達公子。その“世界の伊達”が“クルム伊達公子”として、衝撃の現役復帰宣言をしたのが2008年のこと。彼女はすでにに37歳になっていた。
 そこからクルム伊達が歩んだ足跡は、再び世界を驚かせる。09年の全豪オープンで予選突破し世界の表舞台に舞い戻ると、同年9月に韓国オープン優勝。翌年には、全仏オープンでのディナラ・サフィーナ撃破を皮切りに、同年9月の東レPPOでマリア・シャラポワらを破りベスト8、続く10月のHPオープンで準優勝するなど、復帰後最高のシーズンを送った。・・・・・」

 プロテニス界は、ランキングによってとてつもなく実力の差がはっきりしている世界と言われている。そんな中で、いまだに第1線で活躍できているというスーパーウーマンである。今後も活躍することを祈っている。


 <プロゴルファー井戸木鴻樹選手>  
 先週の日曜日にいきなり凄いニュースが飛び込んできた。
なんと、井戸木選手が「全米シニアプロゴルフ選手権」で優勝というビッグニュースだった。
 しかも最終日に5打差をひっくり返しての逆転優勝だからすごいの一言に尽きる。
アメリカのシニアツアーはレベルが高く、出場している選手にはレギュラーツアーで今も活躍している選手やら、過去の名選手やらずらりとそろっており、
そう簡単ではない。それを押しのけての優勝は素晴らしいの一語に尽きる。
 彼のゴルフは、フェアウエイを外さないステディなゴルフが持ち味と言う。
やっぱりゴルフは飛ばしではなくて・・・正確性なのだとつくづく思う。
 おめでとう井戸木選手!



 <80歳でエベレスト登頂を果たした! 三浦雄一郎氏>
 元々アドベンチャースキーヤーだった三浦雄一郎氏。もう50年以上も前に、“富士山をスキーで滑降”ということをやったことを思い出す。あの時はスピードを減速するのにパラシュートを使い、途中から転倒したものの、見事に生還したという記憶が思い出される。
 70歳、75歳と過去に登頂した記録をもっているが、3回目とはいえ年齢も年齢、しかも、彼は昔、心筋梗塞を患ったことがあったが、それを克服しての快挙と聞く。
 なによりも・・「目標をもつこと」・・が成功への大前提であること、そして、「目標があれば生きられる」と言っていることが頷ける。
 
     ・・・・・この3人に拍手を送りたい・・・・・

<「雑誌~ひろい書き」・・・その7>
≪なぜ、いま漢方なのか≫
「早く治るか、ちゃんと直すか―それが西洋医学との違いです」より、
  文芸春秋 6月号 漢方医 櫻井正智氏・・北里大学東洋医学総合研究所)
 
 「景気は“気”から」という言葉を最近メディアで良く見聞きします。アベノミクスへの期待値で登場する決まり文句です。気は「気血水理論」を構成する一つで、東洋医学(漢方医学)の概念です。
 漢方医学で言う気とは、人間の活動を支える根源的エネルギーを指します。気の不足は、だるさや抑うつにつながり、気の巡りが逆流すると動悸やのぼせを起こします。同じく、「血」と「水」も栄養などを体内に回して物質的に支えるもので、不足したり停滞すると体に症状として現れます。
 
 実に怪しげな考え方だと思われるでしょう。“気”があやしく思えてしまうのは、数字による実証化ができないことへの不安があるからです。
 現代医学の物差しから見ると、“気”は目に見えないため、実証化ができません。
 では、最近なぜ現代医学が漢方医療を併用し始めたのでしょうか。漢方医学へのニーズが高まる背景には、簡単に言うと、「未病」への効果があるからです。
 日本未病システム学会は、「未病」を次のように定義しています。
 1、自覚症状はないが、検査値に異常が認められ、放っておくと病気になる
もの
 2.自覚症状はあるが、検査値に異常が認められない状態
 
経験がありませんか? 「俺は絶対に病気だ。疲れが酷いから、絶対に異常値が出るぞ」と思って病院に行くと、健常と診断される。逆に、元気だと思って会社の健診を受けると、コレステロール値等が非常に高い。
 現代医学ではまず検査をして病名がつかないと、治療に入りません。漢方は病名が分からないけれども、今出ている症状に対して治療を行う。つまり、現代医学と漢方は方法論が違うのです。
 
 二千年前の漢方の教科書である「黄帝内経」(こうていだいけい)の中に、未病についてこんな記述があります。
【聖人は既に病んでしまったものを治すのではなく、未病を治すものである。また、国が既に乱れてしまってから治めるのではなくて、乱れないうちに良い政治を行うものだと古くから言われる。病気になりきってしまってから薬を飲んだり、国が乱れてしまってから政治を行うというのは、たとえて言うなら、のどが乾いてから井戸を掘ったり、戦いが始まってから兵器を製造するようなもので、遅きに過ぎる】 この考え方こそ、漢方の基本です。つまり、
【熟達した上手な医者は、未だ病気が現れないうちに病の芽を摘み取ってしまい、病気になってから治療することはない】
 
未来のための治療。
 若しくは、パワーアップに向けた体質改善。その為には、その人の「証」と呼ばれる状態を把握して、細やかな症状に合わせて生薬をさじ加減で組み合わせるのが漢方です。漢方は症状を訴えているその人だけに効く。これをセレクション・スタディと言います。特定の人にだけ効く薬。つまり、オーダーメイド医療なのです。
 
 もちろん現代医学は必要です。怪我や事故には手術が必要で、漢方に救急医療はできません。
今は、高血圧、糖尿病、癌という長い生活の中で生まれる死因に社会の関心が移っています。時間をかけて出来た病気は、やはり時間をかけて緩やかに直す漢方がいいのです。血圧などは西洋医学の薬を飲むと、あっという間に下がります。しかし、降圧剤は飲むのを止めると、またすぐに血圧が上がってしまう。つまり、一生飲み続けなければならないのです。
早く治すか、ちゃんと直すか。これが現代医学と東洋医学の違いと言えるでしょう。漢方薬は体質を変えるから、ある程度飲めば、あとは飲まなくても良くなります。
 
≪なぜ高齢者にいいのか≫
現代医学との対比で「異病同治」という特徴があります。現代医学では一つの病態に対して、治療法がぶら下がります。高血圧の時はこの薬、糖尿病にはこういう治療法といった具合です。しかし、ストレスで高血圧になった40歳と、老化で高血圧になった80歳は、原因もプロセスも違うはずです。ところが、現代医学では、「高血圧」という病名で一括りにして、同じ治療をしている。誰でも血圧が下がるように無理やり下げているのです。
一方、漢方は高血圧になった経緯を重視するので、「証」を取ります。「異病同治」とは、病名でなく、病状によって処方が決まります。黄連解毒湯という漢方は、吐血、下血、脳出血、高血圧からノイローゼや胃炎にまで使えます。病名に対する処方ではなく、「証」に対する処方だから、一つの漢方で異なる病状に対処できるのです。
 
50歳以下に支持される理由≫
漢方は気を使って診て、気を使って治します。それは、漢方薬に含まれている気で作用させる場合もあるし、人の気を介して行う場合もあります。人の気が解明されていない以上、漢方薬が世間から怪しいと言われても仕方がない部分があります。実は、こうした漢方の考え方になじみやすくなっているのは、高齢者ではなく50代以下の人達です。
今の高齢者は、高度経済成長を支えてきた人達です。時代が成長期にある時、人は「頭が痛いけど、アスピリンを飲んでもうひと踏ん張りしよう」という発想になります。痛みが止まるから「これは良い」と思うのですが、何年も続けていると、「ひょっとしたらまずいのではないか」と気づき始めたのが50代以下の若い世代です。外来で来られる患者さんも、高齢者は「点滴を打ってくれ」とか、「痛みを止めてくれ」と即物的な治療に慣れてしまっています。逆に、若い人の方が「注射は打たないで」「できるだけ切らないで」というようになりました。これは社会の流れと密接に繋がっています。
 
時代が変われば、価値観や経済状況は変わります。どのような時代が来ようと、生き抜くためには健康でなければいけません。症状が出たり、病名が付けられる前に日常生活に少し工夫を積み重ね養生を取り入れた生活を続ければ、気力が充実します。それは仕事や家庭生活の満足度を高くするはずです。
早期発見、早期治療、予防医学は現代医学でも言われており、誰しも馴染みはあると思います。より健康になるにはどうしたらいいかは、漢方医学に答えが用意されています。寒ければ体を温める、冬物の野菜を鍋で食べるとか、暑ければキュウリやスイカで体を冷やす。この「医食同源」の考え方は、70年代に外食産業が作り、今再び持て囃されていますが、これも東洋医学の物差しです。時代がこれまで否定してきた“気”を直感的に再び求めている気がするのです。


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