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「認知症と生きるには」

・・・募るイライラ 「わしを止めて」・・・

 認知症になると、何もわからなくなると思われがちですが、混乱する自分と、周囲への思いが混在する人はいます。個人情報保護のために事実の一部を変更し、仮名で紹介します。<精神科医 松本 一生氏>

 

 田辺正吉さんは当時87歳。建設会社を35年間経営してきた大工さんでした。80歳を超えた頃から怒りっぽくなりました。

 地域の大学病院を受診した結果、アルツハイマー型認知症と診断されました。2年ほど通いましたが、通院が難しくなり私のクリニックに転院してきました。

 私が初診でお会いした時、田辺さんには昼夜逆転と、激しい行動面での興奮と混乱がありました。連日のように怒りが出て夜中には混乱が続きました。ある時から妻と娘に手を挙げるようになりました。二人は献身的に介護しましたが、それも限界でした。

 認知症の人の症状の中には、病気で脳が変化した結果、出てくるものもあります。田辺さんの場合も、脳の変化からくる症状でした。少量の薬による治療をするために、私は入院治療を提案し、二人も理解してくれました。

 大学病院に入院する前夜のこと。妻と娘は隣の部屋から聞こえてくる田辺さんの声に気がつきました。意を決した二人が部屋のふすまを少し開けたとき、目に入ってきたのは思いがけない姿でした。

・・・混乱の中、家族のため 入院を選択・・・

 田辺さんはベッドの上に正座して、横にある仏壇に向かって話していました。

「お父ちゃん、お母ちゃん、わしは明日、入院するらしい。自分でもよく覚えていないけど、イライラすると妻と娘に手を挙げるらしい。自分を押さえられなくなるんや。そんなわしを止めてほしいんや」

 

 精神・行動面で混乱するのは、病気で何もわからなくなっているから、病気の症状だから薬で押さえろ、という意見も聞きます。どちらも間違いです。ケアが良くても、脳の変化によって症状が出る時には、入院が必要なことがあります。田辺さんは私に言いました。

 「先生、私の暴走を止めてほしいのです。妻と娘にはいつも感謝しているのに、二人を傷つけている私がいるのなら、ぜひ治してほしい」

 

 入院2週間ほどで混乱はおさまり、自宅に戻った後にも大きな混乱はなく、田辺さんはその後の3年を過ごして旅立ちました。

 認知症になってもしっかりと残る、その人の心を大切にしたいと思います。

  <資料:朝日新聞・2024511 精神科医 松本 一生氏>

 
 <この記事を読みながら、何となく田辺さんに近い年代と、環境に似た自分に照らして、思わず自分もこれに近いかもと考えさせられた。それほどではない‥と考えてはいるが、最近、(仕事柄)この種の講話に立合うことが度々あり、専門家のお話をしっかり聞いておこうという思いが強い昨今である。・・・HARE>

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