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2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
<久しぶりの山梨の仲間たちと>
12月2日(日)、甲斐芙蓉カントリークラブにご招待があって、相模原のSKY氏を誘って参加しました。 前日(土)の夕刻に、甲府・国母交差点の近くにあるホテルに前泊しました。 このホテル(チェーン)は山梨ではちっとは知れたホテルであるが、此処は最近改装され、その記念(?)で無料ご招待というラッキーがありました。 ラッキーは翌日もありました。 朝はさすがに冷えて、この冬一番の最低気温でしたが、日中は陽がさして、風もなく、寒さを除くと文句ないゴルフ日和となりました。それでも前日の雨の影響が少し残っていて、フェアウエイは濡れていてランがなく、パッテングには苦労しました。 ハーフが終わって、クラブハウスに戻ったところで大変なニュースが飛び込んできました。 ≪山梨・笹子トンネルで土砂崩れにより、数名の死傷者が・・・≫ そして、携帯にもゴルフ・飲み仲間から、そのニュースが送られてきておりました(ありがたいことです)。 ともかく、返信したり、自宅に連絡したりで落ち着かないまま、午後のハーフもボロボロの結果辛うじて100切りの98でした。 帰りのことを考えると、ゴルフも漫ろの有様で、スコアの悪い言い訳と成りました。 プレー後の入浴も省略し、ともかく急いで帰路につきました。 う回路は、河口湖から山中湖を経由し、道志村の山越えと考えましたが、途中までは、昔の同僚OMT氏に先導してもらい、旧精進湖有料道路を途中から山道に入り、河口湖まで約1時間で到着。(意外と早かった! さすがは地元の人です)それでも河口湖から先は渋滞?かと思いきや、意外とスイスイ走れる。 途中、談合坂で休憩するもあまり混雑はない。結局、相模原には6時頃に入る。自宅着6時半。約3時間半の所要時間は、通常の日曜午後の場合とあまり変わらずのご帰還となった。事故が朝の早い時間だったので、日帰り客も少なかったのでしょうか。 半日違いの命拾いの外に、渋滞もなくということで、“悪運が強いネ”と入院先からメールをくれた人(ゴルフ仲間のYUMさん)も、術後の経過よく、数日後に退院の由、お互いによかったねとメールを交わす。 <無料ホテル・お土産付き・ハプニング付きゴルフツアー>にご招待してくれたKOKさん、帰り道を先導してくれたOMTさんに感謝・感謝です。
<他流試合?を楽しむ>
仕事の関連で、毎月1回勉強会・情報交換で顔を合わせる仲間がいる。もちろん会社はみな違う。たまに酒が入ると、ゴルフ好きの人達が集まって、それぞれ自慢ばなしに花が咲く。酔っ払った勢いで、“それではいつかお手あわせを”と、誰とはなしに話しが進んで、あまり大きな声で言えないがウイークデイの話がまとまってしまった。場所は私のメンバーコースとなった。 事前の舌戦(?)では、3人は平均80台のスコア持ち。あとの1人はややビギナーに近いとのこと。千葉から3時間もかけてきた人。都内から1時間の人。町田から二人。ウイークデイは周辺が渋滞するとの私の情報でみんな早めに集合。和気あいあいの中でスタートした。 この日(火曜日)は、クラブの休業日のため、セルフデイの日だ。彼等3人には始めてのコースにキャディなしは気の毒な面があったが、私がキャディ替りを勤めながらのラウンドである。 さがみ野CCは、結構なアップダウンと両側が比較的狭いところが多く、左右はOBかワンペナのあるコースだから、はじめての人はかなりプレッシャーとなり、ハンデとなるようだ。そのせいか、皆さんはいつもの調子が出ないようでした。結果、前半ハーフは3人とも50以上叩いていました。(私は、43・・・・ホームグランドの強み?) 後半も皆さんは調子を取り戻せないまま、いずれも100以上叩きの大不満のゴルフに終わりました。(私は辛うじて80台の89で面目をなんとか・・・) というわけで、酔っ払った勢いで決まった懇親ゴルフも、それぞれ反省と不満の多い初顔合わせでした。・・・・またやろうと言ってますが・・・ネ。 <11月27日 B1―2Bグループの親睦ゴルフより>
<西伊豆遠征記>
11月24日~25日。3連休の後半だから帰りは渋滞を覚悟しながら、FUJご夫妻と1泊1プレイの遠征となった。 土曜日の東名下り線は、御殿場ICでやや渋滞があった外はたいしてトラブルもなく、沼津ICまで2時間で到着。 久しぶりに「沼津魚市場」に立ち寄り、昼食は有名な「双葉寿司」。3人ともお酒は遠慮し、にぎり寿司を食べる。食後、夕食用のおかずを買出しする。 ここでの唯一の誤算は、生鮮魚・野菜類がないことだ。目当ての刺身類がない! 仕方なく、切り身を調理してもらったり、煮魚や弁当を調達。途中のコンビニで、酒類や翌朝の食料を買って、土肥寮に向かう。 土肥の寮は、リゾートマンションの4階にあり、日中の天気の良い日は、海を隔てて富士山が見えるとこ。大浴場は9階にある。大浴場と言っても湯ぶねはひとつ。4~5人入ると満員であるから、“中”浴場のような規模だ。それでも温泉の効能があるのが慰めである。 夕食はいつものように(?)酒盛りとなる。酒の魚はあったが、野菜類のないのがちょっぴり寂しい感じ。それにこの時期なら、鍋物や、湯豆腐なども良かったかもと一人反省する。それでもお酒だけはふんだんに、そして遅くまでいただく。付き合っていただいた方に感謝です。 11月25日。起床5時30分頃。 本日のゴルフ場は、“新天城にっかつCC”。寮の出発は6時30分としていたが、出発ぎわのごみ捨て場が見つからず10分くらいロスタイム。結局、建物内にはなく、建物外の場所を見つけるのに手間取った。 7時15分過ぎにゴルフ場到着。 スタートは7時44分里見コース。1番ホールから凄い打ち下ろしのコースは、相模野にも似た山岳・丘陵コースである。乗用カートだが、出足が悪くハンドル操作の要る、今時珍しい年代ものだ。コース案内もインターネットからコピーした写真があるが、肝心の所が抜けているなどお粗末でした。コースはまずまずなので、この古いカートと小道具の不備は残念である。わずかに、プレーが終わってマスター室に帰ってきた我々に対する明るい挨拶だけが救いであった。残念なのはもうひとつスコアがイマイチであったこと。(45,47でした)SINさんもボロボロでした。 帰り道は予想以上の大渋滞。所要6時間半と2ラウンドした気分でした。
<海外の白物家電事情>
★「韓国製冷蔵庫は2ドアです」・・・ 下のドアに、日常欠かせない食べ物であるキムチの壺を入れる。キムチさえ収納できれば、あとはどうでもいいのか、上の方に何枚もドアがある必要を韓国の人は認めない。だから日本の3ドア~5ドアの冷蔵庫は売れない。(韓国が長く日本の文化や製品を輸入しない政策をとっていたこともあるが) ★「ベトナムでは直冷式の冷蔵庫が売れる」・・・ 日本で使われている冷蔵庫のほとんどはファン式。庫内に冷気だけ送って間接的に冷やす仕組み。昔の冷蔵庫は庫内に霜がついて、月1回位霜取りをしなければいけなかった。ファン式になってからは、もう庫内に霜はつかない。 ところがベトナムでは「庫内に霜がつくのでなければ、要りません」という。 「ベトナムでは一日に何回も停電が起きます。そのとき庫内に霜がないと困るのです」霜はつまり氷だから、停電してもその氷のお陰で中のものを冷やしておける、という。 ★「中近東へ輸出する冷蔵庫には、必ず鍵がついていなければなりません」・・・ 使用人等が中の肉や野菜を持って行ってしまうからだ。一家の女主人にとって、冷蔵庫の鍵の管理は重要な仕事の一つになっている。 ・・・かって、白物家電を始めてアジアに持ち込んだのは、アメリカ、ヨーロッパの企業だ。ところが彼等はことごとく敗退し、全盛だったアメリカ製冷蔵庫も、今ではほとんど見かけない。 「それぞれの国の生活文化の違いに気付けなかったからです。自分の国で評判が良くても、それがよその国でも通用するとは限らないのですよ」 白物家電はローカル・スタンダード。国ごと、地方ごとの暮らしに密着した製品でなければだめなのだ。 ★「フィリピンではマイコン式全自動洗濯機は要らない」・・ 日本ではとっくに見られなくなった一槽式の、ただ洗うだけの単純なのがいい、という。 「暑い国で、すぐ乾くからです。洗濯物を干す場所もたっぷりありますし」 一日に一回はスコールが来るが、着ているものがぬれても、そのまましているうちに乾いてしまう。だから傘を持って歩く人もいない。そういうお国柄なのだ。 ★「炊飯器では、保温機能が、邪魔者扱いです」・・・ 東南アジアでは、朝炊いたご飯を昼も食べる、という習慣がない。 「悪くなるからです。残したものを後で食べると病気になるよ、と何千年にもわたって子供に教えてきているんです」 食べ残したものは、どんどん捨てる。金持ちも貧乏人も、とにかく捨てる。 「それを、もったいない、と思う国で作った保温機能付炊飯器を持って行っても売れません。食べ物よりも命が惜しいですから」 以上は、シャープ電化システム事業本部長の大河原卓次氏の話。 ≪「読むクスリ」著者:上前淳一郎氏 より抜粋≫ |
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