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2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
MRJ初飛行「よくやってくれた」 航空ファンら歓声 ついに初の飛行試験を果たした「MRJ(ミツビシ・リージョナル・ジェット)」。離着陸の舞台となった愛知県営名古屋空港(豊山町)の周辺には多くの人が詰めかけ、秋晴れの空を駆ける国産初のジェット旅客機を見守った。 「あ、来た、来た!」。滑走路に面した神明公園で声が上がるやいなや、MRJは猛スピードで飛び去った。300人余りから拍手がわき、多くの人が機体へ向けて手を振った。 「感動です。よくやってくれた!」。東京都中央区の男性(51)は会社を休んで訪れた。1年前にMRJの公開をテレビで見て、「鶴みたいな形の機体が日本らしくて美しい」と魅了された。この日、初めて機体を目の当たりにした。「やっぱり美しい。音も思ったより静かだった」 埼玉県川越市の会社員武藤昇一さん(66)は、次男が三菱重工の社員で翼の設計に携わったという。「ピカピカでスマート。すばらしい機体だ。息子を褒めてやりたい」。妻の千代子さん(65)は着陸を見届け、「初飛行が延び延びになっていたので、ほっとしました」と表情を和らげた。 地元の愛知県豊山町の 櫛田和美さん(84)は、1962年に戦後初の国産プロペラ旅客機、YS11がこの滑走路から初飛行したころを思い起こした。「やっぱりYS11より速い ね」。戦時中、滑走路整備で小石拾いに駆り出された。「思い入れのある滑走路から、日本が誇る美しい飛行機が飛び立った。世界中で飛ぶようになってほし い」 空港近くの商業施設の駐車場には約500人が集まった。愛知県一宮市の会社員、滝戸静(しずか)さん(31)は1歳の息子と共に朝7時前に家を出た。「歴史的瞬間を息子に見せてあげたいと思って来ました」と話した。 「こんなに人が集まったのは久しぶりだね」と、空港そばに住む愛知県春日井市の無職、石黒正義さん(76)。60年以上も、この空港から飛び立つ飛行機を見送ってきた。「いつもと違って、長いことかけて開発した飛行機が初めて飛んだ」とうれしそうだった。(斉藤太郎、篠原あゆみ)・・・朝日新聞デジタル版 2015.11.11より <この日、2015.11.11 午前9時30分過ぎに、会社で遅い朝食を食べながらテレビ中継を見ていました。 MRJが初飛行で離陸した瞬間は思わず「うおーそれいけ」と力が入りました。そして、順調に飛行を始めた時は、人知れず涙が出ました。昔、お世話になった関連会社の仲間達・今でも自分の身近な仲間達のようで、そんな後輩達が大きなことを一つやり遂げてくれたようで、誰もいない食堂で思わず拍手しました>
10月末にファミリーゴルフ会と称する娘のダンナさん達との懇親ゴルフを初めて行った。 場所は小田原CC松田コースである。(東名・大井松田ICから20分ほど) このコースを選定したYAM氏はプレー経験あるが、私を含めた他の3人は初めてである。 事前情報によると山岳コースで、トリッキーでありボールは多めに準備するようありとのことであった。もちろんキャディなしである。 天気はまずまずの晴れ・時々曇り、気温は20度前後のゴルフ日和であった。 インコースからスタート。いきなり深い谷底への打ちおろし、右左にOBがあって、いきなり3人ともOBという出だしで、これは大変!ボールが間に合うか しら?と心配になった。それでも少しづつ慣れてきたので何とかボールは足りたのだが、案の定、ハーフが終わって、 47,47,62,78と言うスコア であった。 スタートが早かった(7時58分)ので、ハーフが終わって10時半過ぎに早い昼食となる。 午後は、昼時のアルコールが効いた人もいて、あまりスコアの改善なし。結局、96,105,116,155となった。あまり回数のやっていない人が2人いて仕方ない結果だが、ちょっと場所の選定にムリがあった(山岳コースで超難しかったようだ)かなと反省。 それでも初めてのファミリーゴルフ会は、和気藹藹で無事に終了した。 また来年春にやりましょう!・・・と元気に言ってくれたがね~?。 (2015.10.26 湯河原CCにて)
10月はゴルフもかなり密度濃く、かつ、天気にもまずまず恵まれて楽しむことができた。 いつもゴルフをやっていて思うことは、ゴルフの出来ることを感謝(誰に?)して楽しんでいる。やりたくてもいろいろな事情でやれない人がいる。つい“今日もゴルフができることに感謝しなければバチがあたる”と心の中で思うのである。
今月は、2週目の木曜会でいつものメンバー一人が所用(町内会の行事)で 不参加となった。そういえば、11月は私が仕事で不参加の予定で、12月に はもう一人が不参加(海外旅行とか)と決まっているから、年内はフルメンバ ーで集まることがないようだ。それでも月1回の行事は続く。
第3週目には、久し振りに土曜会に参加した。初めての組合せ・同組のIWT 氏には帰りのアッシー君をお願いした。初対面ではあったが、快く同乗させて いただいて感謝感謝である。またこの日の同組には、長老のOKD氏とも久し 振りにラウンドできた。相変わらず年齢に似ず(失礼)飛ばしていたのには驚 かされた。
第4週目には、毎年恒例となった“伊豆ゴルフツアー”が1泊2日・2ラウ ンドに参加した。これで3回目の仕事仲間のツアーである。今回は、前回7月 初めに行われた同じツアー(2日間の嵐の中の泥んこゲームであった)の“リベンジ戦”として行われたものである。 場所は、1日目:湯河原カントリークラブ 天気は秋晴れの快晴。目的地に着くまでかなりの山道を登る。噂には聞いていたが、聞きしに勝る山岳コースだ。狭いコース、アップダウンも激しく、池もあればバンカーの数もそこそこある。典型的なトリッキーなゴルフ場。それでも開場して50数年という伝統のある(?)コースである。これだけの海抜と急斜面があると、コースからの海(相模湾)がよく見える。 初めてのコースにキャデイなしのせいか、正直いって皆さん苦戦の連続。 4人とも100切りなし。私もやっと100というスコア。とんでもないコース?でした。
プレイが終わって、この日の宿泊地・伊豆高原へ直行となりました。皆さんも馴染みとなったMHI伊豆高原荘でゆっくりと夕食、その後、深夜まで話し込みながら友情を温めました。
2日目:サザンクロスカントリークラブにて 当初は曇りから雨の予報がありましたが、予報が直前で変更になり、晴れ時々曇りのいい天気に恵まれました。 このコースも皆さん初めてでした(私は20年ほど前に1回行ったことがあるが、コースは全く記憶がない)。昨日の湯河原CCと違って、比較的コースは幅があって、アップダウンも緩やかである。ただ、キャディなしの悲しさと、コース案内版が見にくいのと、ナビがついていないため、コースの様子がイマイチ分からず苦戦を強いられた。海岸に近い(相模湾)割には海もあまり見えず、ほとんど周りは林に囲まれたコースであった。それほど難しいコースとは思えなかったものの、スコアはイマイチで、MAT氏が昨日の結果と通算(2日間の新ぺリア合計)して優勝となったが、グロスは201、私が199、他の二人は205,213と皆さん低調であった。・・・どんぐりの背比べ?であった。
<エッ!誰だっけ?・・・認知症?>
日曜日の夕刻頃。とあるスーパーで、声をかけた人がいる。
「近くに住んでますか? 電車で帰るのですか?」
とどこかの主婦らしき姿の人。
<エッ? は―?> と声の主を見る私。 ハテ誰だったかなー? そういえばどこかで見たような顔のオバさん(失礼だが50~60歳とみえた)。ニコニコ顔で立っている。私がスーパーでレジを終えて品物をバッグに入れているところだった。 私が、戸惑っているとさらに彼女が言う。
「ほら、さっきマッサージでお会いしましたよね?」
(・・・マッサージじゃなくてマッサージプールです!)
<あー!マッサージプールでお会いしましたね>
「そうです、そうです。買い物はもうお済みですか?」
<あ、はい。私はすぐ駅の向こうですから・・・。> <お宅も近くですか?>
「ええ、近くです」
そんな会話の後に、やがて、
<失礼します>
と言ってお別れした。
彼女の会話に若干の外国訛りがあると感じられた。 そういえば、彼女は時々マッサージプールやサウナで見かけたことがある。 あまりプールでは泳がないようだ。ここのプールエリアには、そんな年配の男性や女性がよく見受けられる。きっとそんな人達は、泳ぐのが目的ではなく、マッサージプールやジャグジー、サウナ等でリラックスするのが主目的の人達のようだ。人によっては一日中いるという豪の者もいるとか。 そんな中で、彼女は数人(ひょっとしてそれ以上?)と顔見知りのようで、よく会話しているのを見かける。いつもニコニコと話している。人懐こいような人である。
私はこのスポーツクラブでは常連?の方であるが、もちろん彼女とお話をしたこともない。プールサイドで見かけた人程度でしかない。だいいち、プールエリアでは眼鏡を外さなければならないから、人の顔もあんまりはっきりと見えない・覚えていない。だから、場所が変わるとどこの誰だか思いだせないことが多い。いつも水着姿の彼女が、いきなり服装の身なりで思いがけないところで会うと、戸惑うものである。認知症なんかではない!と一人で苦笑いとなった。
翌週の火曜日のこと。(スーパーであった翌々日) 私は、プールから上がって帰り支度をしていたら、
「あれ!また会いましたね」と、また彼女とバッタリ。 「もう終わりですか?」 <はい。ここではいつも眼鏡をはずしているので・・・顔をよく覚えていませんでしたので、先日は失礼しました。> 「いいえ、こちらこそ。私、日本語がまだ下手なので・・・」 <そんなことありませんよ。ところで、どちらからお越しですか?> 「中国、黒竜江省・ハルビン、昔の満州ですよ」 「私は右の耳があまりよく聞こえなくて・・・、声が高くなります」 そのせいか、彼女の声は少し甲高いのです。 <そうですか。では、今日はお先に>
明るくてちょっぴりおしゃべりで、日本流に言うと、多少おっちょこちょいの感じがある人でした。 ● 今年も、日本中が相次ぐ日本人のノーベル賞受賞に沸いた。 2人受賞の快挙は、2014年の赤崎勇氏ら物理学賞の3人受賞に続くもの。これで2000年以降の日本人のノーベル賞受賞者数は16人(米国籍を取得した南部陽一郎、中村修二の両氏を含む)となり、米国に次ぐ受賞大国となった。自然科学分野の3賞に限れば、1901年の同賞創設からの累計でも、米、英、独、仏に次ぐ世界5位に躍り出た。 原動力は、バブル経済が華やかだった80年代に、潤沢な資金に後押しされて、画期的な基礎研究を成し遂げた日本人研究者が多かったことだ。往々にして、研究に対する評価が世界的に定着するまでにはタイムラグがあるので、2000年以降に受賞者が急増したとされる。 だが、手放しで喜んではいられない。受賞ラッシュはあと5年か10年ぐらいしか続かないとの悲観的な見方があるからだ。過去の栄光とは裏腹に、日本の研究開発能力は近年、急速に弱体化しているという <中略> ● 日本の基礎研究が息切れの気配 過去16年間のようなノーベル賞の受賞ラッシュは、今後も5年か10年程度続くかもしれない。素粒子物理学では、小柴氏がニュートリノを発見し、梶田氏が質量(重さ)を持つことを実証したが、それだけでは宇宙の質量の現状を説明できない。いわゆるダークマターの解明に、日本の“お家芸”が力を発揮する可能性は大きい。 「生理学・医学賞」の分野でも、今回、大村氏が受賞した微生物・寄生虫は、有望な分野だ。また、12年に受賞した山中伸弥・京都大学教授の万能細胞iPS細胞の実用化や、立体培養などでも日本の研究者が力を発揮している。 さらに、今年は大本命といわれながら受賞を逃した「化学賞」では、日本の研究者が世界に先駆けて大きな業績を残しているリチウムイオン電池の開発や人工光合成の分野がある。 ただ、気掛かりなのは、そうした日本の基礎研究が息切れの気配をみせていることだ。10年後には、また99年以前のように受賞ペースが落ち、受賞者は「数年ぶりの快挙」「数10年ぶりの快挙」と持て囃される時代に逆戻りしかねないという。 背景にあるのは、日本の経済力の低下だ。国単位でみると、研究開発は、経済力の勃興・拡大を追いかけるように進歩し、先進国の模倣に始まって次第に独自の基礎研究分野を広げながら、ノーベル賞の受賞につながるような大きな業績に至るパターンがある。そして、経済成長力が鈍るに従って、受賞者が減っていくのだ。 旧科学技術庁の資料をみると、日本は2000年当時、ノーベル賞の自然科学分野3賞の受賞者が6人と世界13位だった。が、昨年まで14年間で16人増えて、累計で米国(52人増の250人)、英国(9人増の78人)、ドイツ(6人増の69人)、フランス(5人増の31人)に次ぐ第5位に浮上した。2000年当時は、日本より上位にスウェーデン、スイス、オランダ、ロシア(旧ソ連を含む)など8カ国があったが、それらの国々は14年間の受賞が0~3人にとどまり、日本が追い越したのである。 しかし、日本経済は失われた20年を経験し、研究支援は他国のようなペースで増えなくなった。しかも、すぐおカネ儲けにつながる応用研究が重視され、ノーベル賞に値するような人類のためになる基礎研究には縁遠いテーマに取り組む研究者が増えている。日本の研究者の論文発表数が減少する傾向もみられるという。 さらに、公的な研究機関や大学の研究者のポストは終身雇用や長期雇用が前提でなくなり、数年単位に雇用期間を区切ったポストが増えている。短期間で大きな成果をあげることが、研究者の生き残りに重要な要件となっており、独自の道を時間をかけて追及するような余裕がなくなっているというのである。極端な例だが、STAP細胞をめぐる不正騒ぎの底流に、こうした余裕のなさがあったことは否定できないだろう。 今回、中国中医科学院の終身研究員が、大村氏と同じ「生理学・医学賞」を受賞し、中国人として初めて自然科学分野のノーベル賞の栄誉に輝いたことは、経済に続いて研究開発の分野でも中国が大きな飛躍を見せる兆しなのかもしれない。 研究者の能力や業績に対する厳格な評価は必要だが、あまり拙速を求めては研究者の将来の芽を摘むリスクがある。民間企業の研究所では容易ではないだろうが、少なくとも国費や公費を投入する研究所では、十分な時間をかけて基礎研究に取り組む環境を確保するなど、日本として抜本策を講じる時期を迎えている。
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