2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
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 ・買い物があった訳ではないが、日本橋通り・室町3丁目までを歩いてみた。
今から45年前に勤務していた場所だが、すっかり変わっていた。当時からするとビルが立ち並び、その中にこぎれいな商店が(ほとんどガラス越しの店)軒を連ね(ビルの中だから軒は無いが)、昔ほど人通りが多いわけではないが、その分落ち着いた、品の良さが感じられる通りとなっている。(だいたい、歩道に出っ張った商品陳列をしている店はなく、歩道は広く、ごみもなく、電線・電柱もなく、派手な広告や人だかりもなく整然と落ち着いた通りになっている。身勝手な若者たちの姿は見えない。ほとんどが、OLやサラリーマン、中年・老年の買い物客等など、ここでは子供連れや生活用品を買う姿は見えない。そんな中で歩道が広く取られているのは東京でも珍しい。ガチャガチャとした渋谷・新宿等に比べたら、別の国・都会に来たようだ)

 ・日本橋三井ホール・地下鉄三越前・直結と云うので軽く見ていたが、なかなか分かりにくい(私がボケているのか)。
「次代を担う強い企業への道」・・主催:日本経済新聞社に出席した。
パネリストに「プロゴルファー青木功の、【プレッシャーを楽しんで】」が登場。
時間ぎりぎりになって入場。なかなか人気があって、とうとう補助椅子席になった。

 一芸に秀でた人は他のことでも何とかできる、と云われている通り、対談形式であったが、自分の半生をしっかり受け答えしていた。
 彼のいいところは、ベランメ―口調で、決して弁舌さわやかではないが、世界を歩いてきた(世界に出て行った)ことが、彼を人間的に大きくしたようである。
 世界一流選手(ジャック・ニクラウスとかアーノルド・パーマーとかグレッグ・ノーマンたち)との交流は今も続いておりそれが一つの財産になっているようだ。

 それに比べて、実力・戦績では青木よりも勝ると思う“JB”は、結局、海外・世界にあまり出て行かず、ほとんど国内での勝利に留まったのが、「お山の大将」で終わってしまった結果なのだろう。今も、国内トーナメントには出ているようだが、ほとんど“予選落ち”・・・みっともないからレギュラーツアーは止めたほうがいい、と思うのだが・・・。
 
 JBが海外にあまり出たがらなかったと同じように、最近の若い人達が海外留学・海外挑戦をしなくなったと言われている。
その理由・背景は、「苦労したくない。日本で何とかラクしていたい。」のようだ。そしてもう一つ大きな壁となっているのは、言語・言葉の壁である。
 この点で、青木プロは、「自分には、海外に行くことが苦にならなかったのは、チエさん(妻)のバックアップが大きい」と云っていた。
 
 いろんな人たちとの交流・友人が人間を大きくする、楽しくなる、そんな経験談を青木プロは誇らしげに語っていました。

 早いもので、もう年末に近づいてきました。
「エッ!? もうそんな時期?」・・11月に入ったらトタンに(年賀状省略の)ご挨拶状が・・。
 今年は、いつもよりちょっと多いような気がする。だいたいは、親や兄弟が・・・というものがほとんどだが、いずれも80代後半から90代が多く、中には103歳という方もいた。という訳で、ご冥福を祈りつつ新年のご挨拶は遠慮申し上げる。

 「宅急便です!」という便りがこのところ3日続いた。同じ便りでもこちらは嬉しい便り。
 故郷から、「リンゴ」の便りがあって、折り返しで電話すると元気な3歳年上の兄の声が・・・、「自分は少し認知症気味で、道路上で昔の恩師にあっても名前が思い出せなかった。お前はどうだ?」という。
<3年前に受験勉強した時に、テキストを何回読んでも記憶に残らなくて参った。それに理解力も落ちている。完全な老化現象です!」・・・と老いた兄弟の会話だが、「リンゴの便り」を通じて、五体満足・無事を確かめ合う初冬の一コマである。

 翌日、やっぱり田舎から『稲庭うどん』が届く。義弟は定年後、しばらくバセドー病を患い苦しんでいる。私が、毎年秋に山梨へ行って、ブドウ(ピオーネ)を送ってきたが、それを楽しみにしているという。いつも忘れずにこの時期になると故郷の名品『稲庭うどん』を送ってくれる。私の大好物の一つである。

 その翌日、広島の旧友から、【広島の牡蠣(かき)】が送られてきた。A氏は前前職場の販売支社でそれぞれ異地域を担当する業務の戦友で、それぞれ担当する地域の名産を交換したのが始まり。私が9月頃ブドウを贈る。11月末頃に牡蠣が届く、そんな交流がもう30年以上になる。今週末の牡蠣鍋が待ちどうしい。

 12月には、3つの身体検査がある。
・「加齢黄班変性」について左目の検査がある。
 時折、眼圧が上がって、目にゴミが入ったようになり、ひどい時は目が霞むような状態になる時がある。だいたいは眼薬で2~3日で治る。この病気は、進行すると緑内障で目が見えなくなる恐れがあり、定期的に目の見え具合を検査するのだ。
ここ数年進行していないと言われているが、さて今年はどうだろうか。

・「頸動脈」のエコー検査がある。
 だいぶ前から、動脈硬化が進んでいるよ、と云われて年1回頸動脈のエコー検査を受けている。動脈の中のプラーク(こぶ)がどの程度になっているかを検査するものだが、プラークが1.1ミリ以上となると、脳梗塞や心筋梗塞のリスクが増すと言われており、現在、ギリギリのラインなので、要注意なのだ。このため、今は「血液サラサラ」の薬を服用しているが・・・。どういう結果が出るか?

・「大腸内視鏡検査」を受けるには多少準備が必要だ。
 事前に、薬の服用を制限するものもあり、前日からは、検査食と称して宇宙食みたいな食事(流動食)を3食、飲酒は前日から禁止、当日は朝から(食事なし)水をガブガブ飲んで、ひたすらトイレに駆け込んで(8~10回くらい)体内からすべてを排出する。腸にもう何も残っていない!という状態で検査に向かう。
 今は、適宜麻酔を使用するので、検査も比較的楽になった。ただ、運悪くポリープがあったりすると「生検」が行われるので、検査後の注意(1週間程度)が必要だ。

 これも健康維持のためやむを得ない検査だ。・・・・やれやれ。
























 発症1カ月を過ぎて、普段の動作では痛みを感じることはなくなった。
 特に腰は全く痛みから解放された!   問題は足(膝とモモ)である。右足を前に引っ張り上げる動作ではまだ痛みが残る。だからやっぱり、大股歩き、ランニング、筋トレはムリである。
  
 そんな状況の中で、帯状疱疹中の第2回ゴルフを行ってきた。川越グリーンクロスという河川敷コース。
 12月に入ったがこの日は雨。それもほとんどラウンド中は雨だった。特に午前中は時折強く降り、ハーフ終了時点では、全員ずぶ濡れの状態。午後も小雨が降り続く中、何とかホールアウト。このコースは、ほとんどフラットだが、その分バンカーが要所要所にあり、林はないが、ところどころに大きな木がスタイミーになる、池が多くハザードもそれなりに配置するなど、色々変化をつけており、又、ラフは洋芝なのでなかなか思うようにショットができず(ラフからのショットは殆どショート)等など、あとで考えると、なかなか面白いコースであった。残念ながら雨との戦いで、あまりこのコースの良さや景色が目に入らなかったが、天気が良かったらきっといいコースに見えたに違いないと思った。結果、サマにならないスコア(96)だった。

 ゴルフが終わって予定より1時間遅れで帰宅後、病院へ直行。
 Dr.に先週の治療後の薬処方により、痛みが劇的に改善してきたことを告げる。本日はゴルフの後であること、ゴルフのスイングではほとんど違和感がないことも報告。
ただ、ゴルフ中での歩行が今一つ速足ができないことと、坂の上り下りが少し辛い程度であることも。 
Dr.曰く。「そろそろ、平常の状態に戻すために少しづつ機能回復の運動を始めましょう」と云われたので、<このところ、3日に1回位水泳500メートル、水中ウオーキング1000メートルと、朝晩の通勤時2~30分あるいています>と申し上げた。「あまり無理しないでください。体力が弱っていますので徐々に行ってください」。「では、今の薬を続けてください。2週間後にもう一度状況を見さしてください。そのうえで治療終了を判断しましょう」

どうやらあと2週間の辛抱?ということのようです。




 

 自覚症状が出てから本日(11/28)でちょうど1カ月となった。
 
 前回の通院時に、足腰の痛みが継続している旨を申し出た結果で、投薬の量が若干変更となった。(1日2回の服用の薬のうち、夜の分のみ2カプセルとなった)この結果、翌日から痛みが少し和らぎ、夜の眠りも少し深くなったようである。ただし、若干の眠気が残り、(薬袋にもその旨記載はあるが)朝の通勤電車でうつらうつらの状態となる。皮膚の塗り薬には、保湿剤の入ったクリームが処方された。

 このところ、1日置き位にプールに通っている。ほとんどが水中ウオーキング1000メートル(約30分)と2~300メートルを軽く泳いでいる。この1カ月は、ほとんどこのペースを続けている。ウオーキングのペースはまだ上がらない。水中でのモモの引き上げ時に負荷がかかり、多少痛みを感じるからだ。泳いでいる分にはさして痛みは感じない。残念ながら、筋トレ(マシン)とランニングは、1カ月あまりご無沙汰である。せいぜい3日に1回ぐらい通勤時歩行(4キロ程度・約50分かかる)しているので、あまり運動不足はないだろう(?)と思う。

 12月からは、そろそろ普段に戻って運動(マシン&朝晩歩行)を少しづつ増やしていきたいと思う。ゴルフも3ラウンド予定が入っているのです。いつもはこの時期にはゴルフは冬休みに入るのですが、11月にキャンセルしたせいで誘われたものです・・・、プレイオフとでもいうのでしょうか。


 もうかれこれ3週間が過ぎて・・・、まだ腰も足も鈍痛が時折襲ってくる。
 病院治療が3週間目に入った日、インフルエンザの予防注射の許可が出た。金曜日に注射は利き腕の反対の腕に行った。翌日は、1カ月ぶりのゴルフに・・・。
 多少の不安はあったが、ゴルフ(特にスイング)はあまり気になるほどの痛みはなかった。しかし、本番のゴルフは、スイングだけではない、歩きがあるのだ。

 この日、天気は秋晴れで申し分ないゴルフ日和だった。1カ月ぶりのゴルフは、まるで数年振りのように思えた。スコアは普段とあまり変わらない(90)。
一つだけ違和感があったのは、ショットをしてからの歩行である。歩幅が大きく踏み出せないもどかしさと、坂道や階段の上り下りは苦痛であった。そんな状態だから、知らないうちに足腰に疲れが出て、ホールアウト後は、我ながらぐったりの状態だった。申し訳なかったが、プレーの進行を少し遅らせた張本人になってしまった。

 やっぱり3週間では、無理だったようだ。せめてあと1週間~10日位になったら、と思われた。本当は、この日のプレーが楽に出来たら、翌々日にもお誘いがあったのだが、残念ながらお断りした。疲れたせいなのか、その後の3日間は足腰の鈍痛が続いた。そんな報告を、Dr.にしたら、笑って答えず・・・、それでも若干の痛み止め薬の追加があったようだ。

 やれやれ、完治はやっぱり1カ月モノのようです。



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