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 「認知症と生きるには」  

  『居場所を見つけてください』

    (文:精神科医・松本一生氏・・朝日新聞2024年2月10日記事より抜粋)

 

 この人のことを思い出すたび、私は家族と歩んできた人生や、この先に待っているかも知れない運命に思いをはせます。個人情報保護のために事実の一部を変更しています。

 当時89歳の滝本和江さん(仮名)が、診療所を訪れたのは数年前の夏でした。大学病院でアルツハイマー型認知症と診断され、5年間通院していました。付き添ってくれた夫に大腸がんが見つかり、1年もしないうちに亡くなりました。独居になったため、「地域包括ケア」を担当してほしいと依頼されたのです。

 滝本さん夫婦は、私の両親が開設した診療所の患者さんでした。子供が2人いましたが、私と同学年の息子さんは交通事故で亡くなり、娘さんは結婚して札幌に住んでいます。私もご夫婦を覚えていました。

 その時何よりも大切なのは、滝本さんが一人で生活できる体制を組むことでした。介護保険の申請をすると、要介護Ⅰと認定されました。やがて認知症は中等度に進行し、在宅ケアを続けるのが難しくなってきました。

 そのことを伝えると、彼女は心のうちを吐露してくれました。

 「60年住んできた我が家から離れるのはつらいです。息子も亡くなり、娘も北海道、お父さんも旅立ってしまって私一人です。人生は何となくはかなく、あっという間に過ぎてしまうものなんですね」

 こうも言いました。

 「みんなに迷惑かけてしまいそうで怖いんです。私には時間がありません。混乱して何もわからなくなる前に、私の居場所を見つけてください」

 

 ケアマネジャーやホームヘルパー、訪問看護師などと相談し、滝本さんの自宅近くにグループホームを見つけることができました。

 久しぶりに滝本さんを訪ねると、彼女は自室で話し始めました。

 「ここが自分の家だと思えるようになりました。でもね、私は子供を育てた家の柱が今でも目に浮かびます。娘と息子の背が伸びるたびに柱に夫と印をつけたことも覚えています。今朝のことは覚えていないのに、あの日々のことは鮮やかに浮かんでくるのです」

 滝本さんは、懐かしい家を離れてグループホームに移る決心をしました。娘さんの家族や近隣のことを考え、自分の意志で入居を選んだことが、私にははっきりと分かりました。同時に彼女が経験した計り知れないほどの悲しみも感じました。


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