2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
奥原 日本勢40年ぶり!シングルスで初の“金” 配球で揺さぶった「バトミントン・世界選手権」(27日、グラスゴー) 女子シングルスでリオデジャネイロ五輪銅メダリストの奥原希望(22)=日本ユニシス=が決勝で、同五輪の準決勝で敗れたリオ銀メダリストのシンドゥ・プサルラ(インド)を1時間50分の激闘の末に2-1で破り、日本勢として40年ぶりに金メダルを獲得した。日本勢のシングルス制覇は五輪、世界選手権の男女を通じて初。日本選手の世界選手権金メダルは1977年第1回大会で女子ダブルスを制した栂野尾悦子、植野恵美子組以来2度目。 敗戦から学んだ。リオ五輪準決勝。奥原はプサルラの強打に圧倒され、1ゲームも奪えなかった。「(今回は)焦ることなく落ち着いて徹底できた」。179センチと長身の相手を揺さぶり、頂点へ上り詰めた。 「前後に配球していこう」と作戦を練っていた。ネットすれすれの「ヘアピン」や、コート後方からシャトルを切るように打って鋭角に落とす「カット」などを織り交ぜて幻惑。最終ゲーム、17-19と追い込まれても驚異的な粘りのラリーでピンチを脱した。 11年に16歳8カ月の史上最年少で全日本総合選手権を制し、12年には日本勢で初めて世界ジュニア選手権を制覇した逸材。しかし翌年から左、右と膝の手術を受け「もう復帰できないかも」と漏らした時期もあった。 リオ五輪後、右肩故障から実戦に復帰したのは3月。「現状でどの立ち位置にいるのか確認したいと思った試合」だったが、けがを好機と捉えて取り組んだ体力強化が結実した。「ここがゴールじゃない。この3年でもっとパワーアップして(東京五輪での)金メダルの確率を上げたい」。世界の奥原には夢の続きがある。 日本代表の朴柱奉監督が「誰よりも強い相手をイメージして最大限つらい練習をする」と感心する体力は、ラケットにも表れている。使用するのはスイートスポットが通常よりやや手元に近いもの。コントロールしやすい分、より踏み込まないとミートできない。身長157センチの小柄な体格では不利に思えるが、フットワークでカバーする自信がある。契約するミズノ社に「キャッチする感覚がほしい」と要望。フレームが面の中央方向にだけたわむ構造で、持ち味の守備力をさらに生かせるよう作った。 「ゴール」と位置づける東京五輪を見据え、昨冬の右肩故障を機に利き腕の右に偏った筋肉を一度落とし、左右バランスよく鍛え直す肉体改造に励んでいる。「もっとパワーアップしたい。絶対に満足しない」。3年後の東京で金メダルを手にするまで、奥原の戦いは終わらない。 ◆奥原 希望(おくはら・のぞみ)1995年3月31日、長野・大町市生まれ。22歳。埼玉・大宮東高2年の2011年に全日本総合選手権で当時史上最年少の16歳8か月で日本一。16年全英オープン優勝、リオ五輪銅メダル。157センチ、51キロ、右利き。」 PR |
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