2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
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日本特別扱いに中国反発=台湾地震の救援めぐり

時事通信社2018/02/09 06:29

 

【北京時事】台湾東部の地震で、蔡英文政権が中国ではなく日本の救援チームを受け入れたことに中国国内で反発が出ている。共産党機関紙・人民日報系の環球時報(電子版)は8日、「大陸を拒絶しながら日本の援助を受けるのか?」と題する記事を配信した。

 

 環球時報によると、台湾総統府報道官は8日、救援の人員や物資は足りていると説明し、中国などの援助を辞退しながら「唯一の例外は日本だ。高価な探査機を持っている」と発言した。日本の救援チームは8日、震源地に近い花蓮で、傾いたビルで人命探査装置による捜索活動を始めた。

 

 中国ではもともと、台湾独立志向の民進党・蔡政権への警戒心が強い。中国のインターネット交流サイト(SNS)は、今回の地震で改めて浮き彫りになった日台の親密ぶりに「台湾独立分子の目には、中国は敵で日本は身内と映っている」などと台湾を非難する書き込みであふれている。

 

 中国メディアは、安倍晋三首相が毛筆で「台湾加油(頑張れ)」と慰問のメッセージを書いたことも併せて伝えている。

 

© AFP 8日、地震で被災した台湾東部・花蓮で活動する日本の救援隊



台湾地震 安倍首相が蔡英文総統にお見舞いのメッセージ

 

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台湾東部で発生した地震を受けて、安倍総理大臣は8日、蔡英文総統に対し、お見舞いのメッセージを送りました。

 

この中で、安倍総理大臣は「台湾東部において大きな地震が発生し、大きな被害が出ているとの報に接し、大変心を痛めている。亡くなられた方々へのご冥福を心からお祈りするとともに、被害に遭われた方に対し、心からお見舞い申し上げる」としています。

 

そして、「東日本大震災の際に、古くからの友人である台湾の皆様から本当に心温まる支援を頂いたことを今でも日本国民はよく覚えている。台湾の困難に際し、日本としては必要な支援を何でも行いたいと考えている。すでに警察や消防などの専門家チームの派遣を行ったところであり、捜索・救助活動を全力で支援する考えだ」としています

 


<東日本大震災の時、台湾から
100億円余りの義援金等が、ポーンと

送られてきた記憶があります。(アメリカに次ぐ金額だとか)あの時の誠意・真心を思い起こせば、当然の支援・お返しです!

私の友人(日本在住)にもすぐに電話で、御親戚・友人等の安否を尋ね、無事を確認しました。友人としては当然のことです。

結局のところ、何にもしないでブツクサ文句を言うだけの人達は、隣人以下の人達です!>



 元巨人の原監督が今度は青山学院大の監督に?・・・ではなくて、今を時めく青山学院大の陸上部監督の原晋(すすむ)監督のはなしである。過日、縁があって、その原監督の講演会に招かれたのである。招かれた、と云っても個人的にお会いしたわけではない。およそ1000人くらいの人達が集まっていた。

 場所は、中野にある「なかのZERO大ホール」。2月の上旬は一番冷える時期だが、某会社の主催ということで、満員に近いフアン(?)が熱い視線を送って講演を聞いていた。たまたま、その主催会社とまだ薄い取引関係にある当社の営業サイドから回ってきた入場券は、会社名、氏名、生年月日を記載するという、商売見え見えのチケットであった。この後に、勧誘があるかもしれない情報取りの様で、入場券に生年月日記載にはいささか抵抗があったが・・・、承知の上で入場となった。


 (以下は、主な講演内容である)

・原氏は、箱根駅伝に出た経験もなくまた、監督経験もないという。そんな自分の出身を、クイズ的に会場に当てさせるというアイディアは面白い発想であった。(クイズとは、箱根駅伝の出場大学の各監督を、出場経験と監督経験の有無をXY軸に分類し、4択で回答させるクイズ形式だ)
 こういう場合、一般的には、出場・監督経験ありのエリアが多く、どちらの経験もないというのが少ないのだが・・・、ずばり、本人は、どちらの経験もないのだ、ということを申し上げたかったようだ。

・陸上競技の日本記録では、20年以上記録が更新されていない種目が男子では24%あるが、女子では0%という。このことは、男子では、なかなか若い選手が伸びてこないが、女子では次々と若い選手・新しい選手が現われて記録が更新されているそうだ。「若い人にはチャンスを与えて育てる」企業も同じことが言える。日本の企業には、古くから、「年功序列」のようなしきたり(?)があって、ベテラン重視の傾向があったが、どんどん若い人にチャンスを与えるべきだ。その方針には賛同できた。

・青学陸上部のチームビジョンは次のとおり定めている。                                        
 ①感動を与えることのできる人間になろう
 ②今日のことは今日やろう。明日はまたやるべきことがある。
 ③何事にも熱意をもって取り組もう
これが選手に伝えた行動指針でもある。

・「成長するための10のポイント」
 ①30年後を見据える
 ②常に半歩先を見る
 ③できるための方法を考える
 ④悔しい思いを忘れるな
 ⑤話をし、提案をすること
 ⑥3割理論を行う
 ⑦個人と組織で評価する
 ⓼一体感をもって
 ⓽怒るよりアドバイス
 ⓾最後は何とかなるという気持ちで

・その他、チーム作りの長い苦労話があった。就任当初から、「10年の計画書」を作り、覚悟を持った挑戦をしてきたという。
そんな中で、陸上部員の基本的なことは、「規則正しい生活をすること」であることを強調していた。

箱根駅伝5連覇に向かって、すでにスタートしているという。今年もまた、どんなドラマが展開されるかは分からないが、原監督の口ぶりからは、自信満々、まだしばらくは青山の時代が続きそうな気配が感じられた。

 



☃ <4年ぶりの大雪・・・23センチ>
 
 1週間も前から、予想されていた“大雪”がとうとう本物になって、降り積もりました。4年ぶり(前回は、2014年2月2日の大雪)
 予報では、1月22日(月)午後3時頃から本格的に降る! でしたが、朝8時頃の人形町では、ポツリと来てました「あれ?早いな」 誰にいうでもなく会社に急ぎました。

 間違いなく午前中から小雪が舞って、「3時頃を目安に帰宅を薦めようか?」
・・・と相談しているのが聞こえてくる。昼過ぎには、道路も屋根も一面が白くなってきた。やっぱり本物らしい。
 
 仕事のケリをつけて帰り支度をしたのが15時半近く。歩道にもすっかり雪が5センチくらい積もっていた。本日は、スパイクのついた靴を履いてきたので、路面凍結もまず心配ない。
 水天宮前駅には、すでにいつもより多い乗客が電車待ちしている。幸いにも急行に乗車、しかも着席できてホッと一息。渋谷へ向かってとろとろと進行。だが、表参道まで来て、とうとう、長・停車が始まった。
 車内放送では、「本日は、降雪の影響で渋谷の駅周辺は電車も人も動きが取れません、・・・このためしばらく停車しています・・・」 と何度も何度も同じセリフを言う。少しは違った車内放送が欲しいものだと一人ぶつぶつ…。
 後でわかったことだが、この時間帯≪16時頃≫の渋谷駅周辺は、駅構内に入れず、ホームの人間は身動きできず、ましてや電車の中も乗り降りできず・・・・まるで人間の動きが、あらゆるところで止まってしまった状況だった。
 
 こんな時、トイレでも行きたくなったらどうしよう、なんて一人考えながら、ジッと我慢の子だった。幸いにも座っていたから楽だったが、ずっと立ちっぱなしの人は気の毒だった。それでも勇気を奮ってオジサンが、「すみませーん!降ろしてください! 降ろしてくださーい!」と叫んでいたのが気になった。「大丈夫かな?」 と他人事ながら心配であった。

 やっと30分後に、半蔵門線から田園都市線に向かって動き始めた。動き始めると、意外とスムースに走るが、乗り降りだけはかなり混雑の状態、やっと町田駅に到着したのは、水天宮前駅から2時間後であった。17時30分過ぎの到着であった。 


☃ <ゴルフ場もクローズでした>

 ・都内で23センチも降ったから、相模原の山奥のゴルフ場はどうか?
  水曜日の昼頃に現地に問い合わせると、「申し訳ありません。ただ今まだ20センチくらい積
 雪があり、除雪作業をしておりますが、本日及び明日(木曜日)はクローズとさせていただき 
 ます」
 とのこと。
 ・木曜日にラウンドを予定していた仲間にクローズの連絡メールを流す。(水曜日昼頃の話)
  だが、私が、仕事を終わって帰る時刻になっても、誰からも(了解の)連絡がない!
 やむなく、電話で3人に確認を取る。そのうち二人は、メールを見ていないという。もう一人
 は、自分で現地の確認をしたようだ。もし、メールをしてあるから・・・と電話確認を怠って
 いたら、二人は、そのまま出かけていたかもしれない。
  やっぱり、メールの流しっぱなしではいけない! 要件を確実に伝えるには、メール+電話
 確認を欠かせないことを痛感した。特に、記憶力低下、気配り低下の認知症気味の老人仲間で
 は欠かせない【ダメ押し人生】が必要だ。
 とんだ大雪事件となりそうだった。 


 2017年 年末に近くなって、もう仕事はそこそこにプライベートな動きがほとんどの毎日。これで給料もらうのは気がひけるが、さりとて社内にオープンにするのもどうか、とそこそこに・しずしずと、年末は何となく落ち着かない風を装うしかない。
 
 クリスマスの翌日は、研修に直行して、午後は早い時間に友人に頼まれて相談事に立ち会う。聞くところによると、彼は、ある友人から転職の誘いを受けているという。心配なのは、誘ってくれた人が、元の会社の同僚だという。エッ?その場合、会社と利益相反取引にならない? もしくは、忠実義務違反にならない? 又は、役員兼務となった場合、任務懈怠となる恐れがないか?
等々の質問をしてみたが、どうやらそうでもないらしい。単なる転職・勧誘の類のようだ。大人の判断をしてくれと、別れる。そういえば、私にだってそのたぐいの勧めが来ているよ、とは言わなかったが、年末にはいろいろなことがあるもんだと一人悶々。

 翌日は、今シーズン最後のGOLFで山梨(上野原)に遠征。この日は風が強烈に吹いてともかく寒い一日であった。ゴルフどころではないほどの風と寒さが束になって攻める。散々なゴルフで、もう2度とこんな日はやるまいと心に誓う。だから私は12月から2月いっぱいは休眠と云っていたのに…、と愚痴を言っても始まらない。

 ゴルフのお誘いではなかったが、ゴルフ仲間から、29日に忘年会をやりましょうとのお誘いがあって渕野辺に向かう。相手(2人)はゴルフ帰りである。3時間ほどのお付き合いの後に町田でぷらぷらとスナックに立ち会う。2件目に寄った店で、偶然にも昔の飲み仲間が4人そろってしまって、深夜まで飲めや歌えやで結局午前様となる。ヤレヤレ、酔っぱらいの悪い癖がまた出てしまった。

 年末近くの30日は土曜日。この日までがスポーツクラブの年内稼働日とのことで、1週間ぶりにひと泳ぎする。
 31日から2日までは、昨年と同じ、伊勢原のホテルでのんびりと正月を過ごす。今年の正月は天気も晴朗で暖かい日が続いた。


 
年が明けて、元旦は、小田原から「大雄山線」で大雄山最乗寺に新年のお参りをした。小田原から乗り換えて約25分ほど。大雄山駅からタクシーで15分ほどで麓に到着。
 参道を登ること約30分。両側の杉の木は、樹齢数百年はあろうかと思われる大木が生い茂っている。参道のわきには、明治初年頃からの石像が立っている。主として最乗寺への寄付を行った方の記載(石堀)があるが、明治時代初期のころからのもので、約150年ほど前のもののようだ。金額が百円から5百円の彫が行われている。現代の貨幣価値にしたら? かなりの金額になるだろう。あまり事前調査もせずに尋ねたものの、かなり由緒のある山寺であった。

 新年のお参りを済ませ、ホテルに戻って一休みして夕刻に共同風呂に入る。浴衣を脱ぎながら、浴場から何やら大きな声で話声のするのが聞こえる。中に入ったら、大きな声で話し合っているアジア系のオジサン二人が、湯船に腰かけてなにやら怒鳴り合っている(ように聞こえた)。最近はよく見る光景だ。まるで喧嘩でもしているような、大声で怒鳴り合っている。私が入って行っても声の高さは変わらない。セメント張りの浴場の響きは高い。彼らにだって高い音・声で届いているはずだ。人の迷惑顧みず、所構わずデカい声でしゃべる人は、日本人では喧嘩でもしていない限りまずこんなでかい声はない。この人達には常識も控えめも関係ない!のだ。あなたたち!自分の国で話すなら構わないが、ここは日本である。日本にいるときは日本人のするように静かにしろ! それが嫌なら日本に来るな!・・・<うるさい!> と、声に出しては言わなかったが、私の目は怒っていた。

 そういえば、こんなこともある。
 平気で、路上に物を捨てる(たばこの吸い殻、びん、缶、つば)。
 平気で他人のものを持ち去ってしまう。誰もいなかったからとか、見てなかったからとか主張する。
 平気で赤信号でもわたってしまう。車が来なかったからという。
 平気で使用禁止の農薬を使って野菜を栽培したり、魚を人工ふ化したりして他国に輸出する。自分達は食べないから…。
 海を埋め立てたら自分の領土になると思っているらしい。
 国境地帯に線路を引いたら自国のものになると思っているらしい。
 よその国の特許でも、使った者が勝ち!と思っているらしい。
 他国の島に頻繁に往来すると実効支配になると思っているらしい。
 他国の漁場でも、先にとったものが勝ちと思っているらしい。

 
今年もまた【あの国】の人達には悩まされるだろう。

 
 
 

 

★師走ともなればいろいろ珍しい・年1回のご挨拶もある。
 突然電話があって・・・、
「やあ、お久しぶりです。元気ですか?」
 そんな挨拶が、やがて、「では1日(金)の6時頃去年の場所で…」となって、新宿で1年ぶりの再会である。元前々職場の同僚とここ3年ほど、毎年1回の飲み会となった。彼ももう57歳になったようだ。「また常務と一緒に仕事したいですね」というセリフが気になったが、また会おうぜとお別れした。おとなしい真面目な男である。

 
★こちらは年2回目の会合であるが、数年前まで定番であった、「渋谷・宮益坂」の裏通りにあるフランス料理酒場で前前々職場の友人達との集い。本日の主役は、私の昭和45年来の大先輩のTAJ氏の「喜寿」の祝いである。氏とは、私が東京に出てきて以来47年間のお付き合いである。仕事の手ほどきからプライベートのことまで本当に身内のように≪兄貴と思っている≫お世話になった人である。今も毎月1回は、ゴルフのお付き合いをしながら、友情を確かめ合っている中である。
 いつまでも健康で! と、お互いに励まし合っている。


★師走の土曜日ともなれば、いつも通っているスポーツクラブに行く途中の郵便局前(街頭)で、年賀はがきを売っている。昔、(少なくとも10年前ころまでは)年賀はがきは郵便局の窓口で売っていたと記憶している。
 いつの間にか、それがコンビニの店頭で売られるようになり、最近では、郵便局職員が店頭(外)で売るようになった。
 この日は少し寒かった。郵便局前の店頭で販売していたので、ちょっと寄り道してハガキを眺めてみた。はがきは、裏面が無地のものと、裏面に印刷をしたものが10種類ほどあった。印刷したものは、5~10枚セットで価格は、ほぼ無地の2倍ほどであった。「寒いのに外で販売するのは大変だね…」と声をかけながら、この日は財布を持ち合わせてなかったのでそのまま素通りした。
 次の週の土曜日に再びその前を通って、売り場の前に立っていた管理職らしき人に声をかけた。「あれっ? 裏面に印刷したものはないですか?」と尋ねたら、その管理職曰く、「印刷したサンプルは郵便局の中にあります。月~金曜の郵便局の営業時間中に見れます」という。
 「じゃ、私の様に月~金で働いているものは見れないのですね」とぶつぶつと独り言。

 そのオジサンはぴんと来なかったようですが、
本当は、私の様な日中勤務している人間は、郵便局まで行ってみる機会がないので、今週もまた先週の様に、ここに展示してほしかった!そんな気持ちは分かってくれなかったようで、ちょっぴりさみしい思いをしながら、そこを去りました。

 年末も近くなると(11月頃)、毎年のように「年始ご挨拶を失礼させていただきます」というご挨拶?が来る。そちらは「喪中」かもしれないが、此方はさにあらずだから、出しても失礼ではないと思うが・・・、そうでもないらしい。年賀状には、1年のご無沙汰・状況報告とご挨拶の意味もあると思うので、そちらは「喪中」でも、此方は無事・・・だから、此方の様子とか抱負を聞いてほしい・・というのは許されるのでは?と思うのだが・・・。年賀状程度しかやり取りしない間柄では、(身内等に)不幸があると、最長2年近くも音信不通になってしまう。こんな風習はいかがなものか?

 でも最近では、割り切って、メールとやらで自由に連絡取り合っている若者もいるようだ。
 音信不通よりは、それの方がお互いにクラくならなくていいかもしれない。時代は少しづつ変わってきているようだ。それでいいのかもしれない。

★「会社の忘年会」 というと、だいたい課・部・事業所単位とか、小さい会社だと全社一緒にといった単位が多いだろう。私の会社では、所帯が小さい(社員30人足らず)・中小企業なので、全社で行うことになっている。だが、その際に、常日頃お世話になっている取引先、研究開発会社として外部の専門家や顧問・コンサル等の先生方、中には大株主(数人)まで出席して頂く、まさに社内外関係者合同(?)忘年会でもある。しかも会費制というところが変わっている。
 今年は11日(月)に、会社近くのホテル・レストランで開催された。総勢70人程度。
 所々に、会社、関係者、先生等のご挨拶があって盛り上がる。中には飛び入りのご挨拶もあってやんややんやの拍手喝采のうちに中締めとなる。
 帰り支度をして、早々に帰路につこうとしたら、どなたかからある方の紹介があって名刺交換をした。 頂いた名刺を見ると、元某生命保険会社出身の方である。双方で、いろいろ昔話をしていたら、思いがけなく共通の知人がいることがわかり、不思議な縁というか世間は狭いという話に花が咲いて、短時間であったが、心強い友人ができた思いがした。

★ スマホに変更してから、時々、昔の友人から、LINEが来るようになった。
本日(14日)、久し振りにご挨拶があった人は、HAG氏である。「タイから帰ってきたけど、日本は寒いね」というご挨拶だ。「まだ、精勤しているの? GOLFはどう?」と聞いてきた。
 人形町まで、健康増進・老化防止でいっているよ。⛳は月3~4回で、平均スコアは95位だよ、と答えた。
 
 彼とのゴルフで思い出すのは、2009年11月に山梨に遠征した時のことだ。彼は、バーディーパットを外し、「お先に」と云った返しのパットも外したことを後日、こっそり私がブログにアップしたら、そのブログを彼がみつけて、「あれは私のことですね」と云ってきたことがある。あれから8年が過ぎた。そんな懐かしい思い出が、久し振りにLINEでつながったのがうれしい限りである。

 
 
 



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