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2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
平成24年9月26日 土曜会・宿泊コンペ一同(於 塩山CC) ≪土曜会の集まり≫ もうかれこれ7年余りとなるゴルフメンバーコース“相○野CC”に、「土曜会」なる同好会がある。私が入会したのは約3年前だが、発足したのは約30年も前の話だという。 一人で(これをフリーという)ゴルフを楽しみに来る人たちがいて、そのうちそんな人達が相寄って、同好会を作ったのだという。その中には、『シングルを目指す会』なる集団もいたのだそうだ。発足当初はみんな若いサラリーマンが中心だったが、今やその人達もほとんど現役引退・年金生活者がほとんどだ。 毎週日曜日の10時から、3週先の土曜日の予約取りをするのが会員の義務。 予約を取ったら、事務局(会長K氏)に連絡する。K氏より予約取得状況が会員に連絡され、出場希望者がK氏宛に申し出る。やがて組み合わせが皆に連絡される。それを受けて、予約者が、あらためてメンバー登録をし直す。 毎週土曜日の参加者は、3組~7組程度ある。毎週参加の人も何人かいる。その他の曜日にもプレーし、年間100ラウンドを越えてクラブから表彰を受けたメンバーもいる。 年2回は土曜会のコンペが行われる。そういう時は予約取りが10組位となる。 今会員は約50名。コンペの時は30から40人の参加となる。メンバーの顔合わせにはいい機会である。私も積極的に参加することにしている。 今年の夏のこと、『たまには泊りがけの土曜会やりませんか?』という提案があって、一も二もなく賛成!・・・という人達が3組集まった。 日時は、9月下旬のウイークディ。場所は、当クラブの姉妹コースで山梨にある“塩△カントリー”、宿泊はこの地で有名な石和温泉と決定。 「次の日はどうする?」という意味ありげな提案に、勿論ラウンドです。 やりたい人だけは2日目もラウンドする2組と翌日帰宅の1組になった。 山梨遠征の当日朝7時に相○野CCに集合。2台に分乗して出発。ほかに現地直行した人達もいた。このうち1台は高速道路の降り口を通り過ぎて引き返すというハプニングもあったが、無事予定通りの試合開始となった。 11人でミニコンペ方式でのラウンド。狭いフェアウエイとアップダウンの激しい山岳コース。それに超高速グリーンに悩まされた人が多い中で、元このコースのメンバーであるTKK氏が見事優勝。私はというと、42・46、ハンデ12で真ん中くらい。 プレー後は、みんな着のみ着のままで石和温泉に直行(約30分)。温泉で汗を流して宴会は6時30分開始。始めての宿泊土曜会だが、いやが上にも盛り上がり、中にはお銚子10本をお替りする豪のものも・・・。(私もその一人だが) 宴会が終わると三々五々と思いきや、カラオケ組と飲み直し組に分かれて第2ラウンドとなる。約2時間後に再び部屋に合流し、第3ラウンドが始まる。こういう場面は、会社関係ではない、利害関係のないいわば趣味の仲間なのでまったく気兼ねなしで話が弾む。やがて、夜も更けて解散となる。その後自分達の部屋に戻ってひと風呂浴びて、のどが渇いたと4人でビールを飲みながら歓談する。ほぼ12時過ぎの就寝となる。 年寄りの朝は早い。5時過ぎには朝風呂に集合。朝食を元気に食べる人もいるが、食べない(食べれない?)人もいる。ともかく7時30分にいったん全員集合し、帰路の人(3人)と2日目のラウンドに向かう人(8人)とに分かれて解散する。 2日目のラウンドは、近くの“春日ICC”で8時15分スタート。天気晴れ。 トリッキーなコースながら前日のコースよりややフェアウエーが広い。ただしグリーンは前日よりもかなり遅いためショートする人が多い。それと皆さんそれぞれ前日の疲れ・前夜の酔いとが影響してか(?)、思い思いのスコア。中にはグリーン周りで思わず“ゲッ!ゲッ!”・・・苦しそうでした。 私も疲れ・寝不足が祟り、44・46がやっとのあり様。 平均的に、遠慮会釈なく、年甲斐(参加者の平均年齢約68歳)もなく騒ぎ・はしゃぎ合った2日間でした。 元気な老人達! また来年やりましょう!
「“敬老”の秋の元気情報」です
敬老の日を過ぎて、ようやく秋らしくなって、今日(9/23)の最高気温は、東京で20°ちょっとという。先週までは確かに30度以上が続いていたので、夏には強い、と自慢する私も(涼しさ)まだかなーと思っていたら、いきなり20度である。この土・日は祝日含みの連休で、ゴルフの予定もなく久し振りにゆっくり読書の休日である。 <郷里の大先輩の話> 毎月読んでいる文芸春秋10月号に、私の母校(秋田県立横手高校)の大先輩M氏が執筆した記事が掲載されていた。題して、『人生を変えた伝説の名授業』とある。 M氏は、旧制中学(現横手高校)3年生の時、(のちの作家)石坂洋次郎先生が国語教師として昭和4年に赴任した時、卒業までの3年間、教えを受けたのだという。以下は氏の思い出話の一部である。 「石坂先生は、体が細く、声もまた夜飛ぶ蚊の羽根音のような小さい声だったから、あだ名は「夜蚊」(ヨガ)。 「当時の席は成績順となっていて、一番後ろが優秀者。壁に近いから連中は、『壁アタマ』と呼ばれていた。成績の悪い生徒は先生の近く、前の席に座らされている。彼らは(先生の質問に)当てられないように、居心地悪そうに下を向いているのが常なのですが、石坂先生の授業の時だけは、顔を上げるようになり、直に『当ててくれ』と言わんばかりの明るい表情になって行きました」。 「先生が作り出した威圧感の無い、開放ムードだったと思う」 「当時、週末になると、5年生が下級生を体育館に集め、風紀指導という名のもとに、態のいい『下級生いじめ』をやっておりました。ある時、下級生を糾弾している最中に、監視役として現れた石坂先生。「ヨガの出る幕じゃねー」という罵声。先生は、怒りを全身で表わしながら2歩、3歩と風紀委員に近づいて行きました。理(ことわり)を入れなかった。けれどその無言の迫力で睨みつけ、ついに悪童らを黙らせてしまったのです」。 「先生の指定した題で書いた作文には、(自分の手元に残っているものには)すべてに先生の評価と感想が書き添えられています。・・・生徒たちが、皆はりきって頑張るように、実は石坂先生、どの生徒の作文にも、高い評点を与えて褒めていたのではないか・・・そうにらんでおります」 「石坂先生が86歳で亡くなってからもう四半世紀。この教え子(M氏)は、今年97歳になりました」 ≪石坂洋二郎先生が母校を去って、・・20年後に私は同校に入学しました。 先輩や教師から、時々石坂先生の話を聞きました。「夜蚊」(ヨガ)のあだ名のこと、そして痩せているので、「ハッタギ」(イナゴの方言です)とも言われたと聞いています。・・・晩年は少し太られていたと聞きますが。 先生のベストセラー小説、『若い人』、『青い山脈』、『山と川のある街』などは、あの頃の横手地方をモデルにしたとも言われ、青春小説として私も愛読しました。 大先輩M氏は、私の実家から100メートル位の場所に住まわれており、私が小学校4年生から現在まで(およそ60年)、この地方で週刊新聞《たいまつ》を発行し続けているジャーナリストとして活躍中である≫ <前々職場の先輩からの便り> 突然携帯に、長―――いメールが到着した。経理部時代の先輩である。 あれは確か今年の春頃、30年振りに再会した。その折には、仕事(自営業)の合間に、釣りと畑(園芸)をやっていて忙しく立ち回っているとの話であった。そういう動きまわっている人は健康そうで生命力を感じさせる。 メールによると、「今日は、久し振りに朝から雨なので屋外仕事(最近は、園芸のほか、土木や木工も趣味でやっているとか)はお休みして、近況報告をします」という。 「今、温室小屋を制作中です。市販のものは少し小さいので、自作でもう少し大きめのものをと考え、扉をどうするか、壁はどうしようか、通風は、温度コントロールはどうするか・・・・・・等々思案中である」と長々と苦心談を紹介。 ともかく研究熱心、行動派、元気溌剌に動きまわっている様子がうかがえる。 こういう家庭回り、農作業、土木作業等が全く苦手な私には、・・・よくやるよ―――と脱帽するしかない。 間もなく75歳の後期高齢予備軍の先輩だが、仕事+趣味を見事に調和して、 溌剌の人生を送っている。・・・・ウーン参った―である。 <敬老の日連休はゴルフ三昧> 久し振りに連チャンでゴルフしました。 1日目(土)は、いつものメンバーコースで会員さん達とのラウンド。朝から曇りがちの天気であったが、後半の5ホール目でついに雷と突然の豪雨に見舞われて、しばしカートの中で傘をさしながら待つこと15分。やっと小降りになりプレー再開。谷越えのショートホールのグリーンには大きな水たまりが・・・。 それでも構わずショット。これが見事にフックして哀れ、ボールは林の中に消えた。他のメンバーでワンオンした人もいたが、パット不能。もう私は戦意喪失状態。その後、雨も上がったので残りホールをプレーしたが、スコアはドロー。 この日、同組でラウンドしたご婦人で、80歳のお姉さん(Kさん)がいた。 最初のホールこそダブルパーを叩いていたが、その後は安定してほとんどダボペースで廻る。80歳、しかも2カ月ぶりのラウンドというが、なんの何の、落ち着いてショット、フェアウエイウッドも正確である。何と言っても、お年に似合わず(失礼)キビキビした動きとリズムが大変によろしいのです。 圧巻は、160ヤードのショートをドライバーでナイスオンのパー。その後も正確なショットが続く。確かハーフ50そこそこで上がったようだ。 失礼だが、80歳の女性であれだけ安定したゴルフをする人に出会ったことがない!・・・『Kさん、元気をもらいました』です。 ドローに終わってロスタイムが多かったので、風呂に入る間もなく(汗臭いままで失礼!)、メンバーコースを後にして、伊豆に向かう。 本日の宿泊地「伊豆高原」には19時までに到着目標として、小田原厚木道路から箱根ターンパイク経由、伊豆スカイラインを走る。高速に入ってからはあまり渋滞もなく順調。予定より約30分前に到着。(所要時間約3時間の行程だった) 翌日、伊東カントリークラブでプレー。半年前にもプレーしたが、このときはパットが入らず、ボロボロのスコアだったと記憶している。 この日もスタートホールではダボ。やっぱりこのコースは俺には向かない! と思っていたが、3ホール目のロングでバーディが来た。そして5ホール目も長いパットが入ってバーディ。あれあれと思いながらもパーとボギーで凌ぐ。 9番ホールに来て、第2打が砲台グリーンからこぼれて谷底から40ヤードの打ち上げがピン2メートルに3オン。これを入れるとパーで、ひょっとして30台かなと思いながらパットするも惜しくも入らずボギー。あーア40かと思っていたら、同行のF氏から、「39でない?」という。改めてホール毎に確認すると間違いない。単なる足し算違いだった。・・・年です。 後半もあまり大きなミスもなく43でホールアウト。苦手と思っていたコースでの“82”は、まずまずと満足。このところ敬老の日を挟んで先輩諸氏から頂いた“元気”の御利益に預かったかも‥・・・勝手な納得です。 帰路は、伊豆の山々の方角が曇っていたので、海岸線を走ることにした。連休の真ん中の日曜日だから、ひょっとしてそんなに混まないかも・・・という淡い期待は見事はずれ、やっぱり各所で渋滞です。特に酷い所は、網代、真鶴道路の前後、小田原の高速入口手前と東名厚木ICから町田ICまで。東名厚木からは圏央道で海老名ICで降り、行幸道路&裏道街道で町田着19時30分過ぎ、伊豆高原から4時間であった。<休日の帰り道は、伊豆スカイライン経由のほうが確実に早いと思われる> 何となく、“元気”をもらった1週間でした。
<山梨のブドウあれこれ>
先日、正確に言うと9月の第1週土曜日の話。 毎年この時期に“ぶどう屋さん”に出かけることにしている。一般的には、“ぶどう狩り”ということになる。 もうかれこれ25年になる。といっても最初の10年は、現地に単身赴任していたのだが・・・。単身赴任といっても仕事がぶどうに関連していた訳でなく、あくまでサラリーマン時代の転勤先の一つとしていたわけだが。 単身赴任が終わって東京に戻ってからも、この時期(9月第1週)には、山梨に行くことにしている。昔の勤務先の仲間も何人かいるが職場を訪ねる訳ではなく、純粋にぶどう畑に行くだけ。 7~8年前に、それまで15年以上も行きつけたぶどう屋さんがぶどう栽培を廃業した。何でも、『ブドウ畑が高速道路の収用にあって・・・止めます』というぶどうフアンにとっては何とも残念なお別れとなった。 翌年、勝沼にある(現在通っている)農園をみつけ、その後は年に1回であるが通っている。 <こんにちわ!>・・・「七夕様みたいですね」おかみさんの挨拶があって、家族経営のこのブドウ園の皆さんが顔を覚えてくれていて、お爺さんもお婆さんもすっかり顔馴染みになっている。ここから毎年、親戚や知人に残暑見舞い代わりにちょっぴりブドウを贈ることにしている。 文献によると、山梨にブドウの栽培が始まったのは、遠く平安時代の初期の頃。僧侶の行基が寺院を立てた時にぶどうを植えたのが始まりとか。かれこれ1300年前という。そういえば、ここのブドウ園に、「ブドウ1280年、ワイン120年記念年」という幟が飾ってある。今年ですか?と聞くと、「いや10数年前のものです」という。まさに日本最古のブドウ産地なのである。 ・ところで今年の作柄は?・・・「天気に恵まれて味はとても良い」そうな。「あとはこれからの台風が来ないことを祈るのみです」とか。 以下はみなさんとのぶどう談義。 ・ぶどうは皮のまま食べるのがいいそうですが?・・・ 「そうです。皮のままがとても栄養たっぷりなのです」・・・皮のままが ポリフェノールが含まれていてアミノ酸たっぷりとか。 ・でも、皮のままだと農薬が心配だが?・・・ 「農薬は、実がまだ小さいときだけ外から消毒薬をかける。それなりに 実が膨らんでくると一房ごとに袋をかぶせるので、農薬はかからな い。県の衛生課(?)が粒について検査を厳しくしっかりやっているの で、心配ありません」とお婆さんが≪力説≫する。 さらに、「房が大きくなってからの消毒は、ぶどう棚の上から葉に対し てやるもので、房にかけるものではない」と若旦那(跡取りのお孫さ ん?)がバックアップする。 ということで、どうやら皮のままでも無難のようである。特に最近では品種改良されて、皮ごと食べられる品種、また種なしの品種も増え、どうやらブドウは皮ごと食べることになりそうである。皮ごとだとちょっぴり酸っぱい味が加わるが、それが栄養のしるしと思えば・・・。 ・こんなブドウでもせいぜい1週間ぐらいしか賞味期限が・・・ と思いきや、「冷蔵庫の“野菜収納”ボックスに入れておけばもっと長 持ちします。また、弦から実をとって(一粒ごとにして)紙袋かビニール 袋に入れて冷凍しておくと冬にも食べられます」。 「冷凍したものをそのままアイスのように食べてもいいし、解凍して食 べてもおいしい味が変わりません」という。 秋の味覚、「ぶどう」は大好物です。やっぱりブドウは山梨が日本一です。
≪血液検査と体組成検査あれこれ・・>
先週の週末は、健康関連検査を行った。 ①専門医の血液検査結果。 半年振りの検査であるが総合的には特に異常は認められないという。 主な数値は次の通り。 ・血圧 120-70 ・脂質 善玉コレステロール 42(51) 悪玉コレステロール 83(76) 中性脂肪 73(65) ・代謝系 血糖値 105(86) HbA1c 5.2(5.2) (医師の判定) 「いずれも正常値の範囲にあり、良好である。今まで通りの 生活でオーケー。特に改善すべきところはない。運動も適 宜行っており結構です」だった。 ②Dr フィットネス(体組成分析カルテ)計測結果・・2012-8-25計 測(かっこは前回 2012-4-27結果) ・BMI 20.3(前回比19.9) ・スタイルポジション:適正(理想)・・・伸長に対する体重(BMI)及び体 脂肪率のいずれも適正範囲にある ・メタボウオッチ ウエスト周囲径 76.5(76.1) 内臓脂肪レベル 8.73(8.89) ウエストヒップ比 0.89(0.89) ・体組成ウオッチ 体重 55.1(54.2) 筋肉量 45.6(44.8) 体脂肪量 7.0(7.0) 体脂肪率 12.8(12.9) 基礎代謝量 1409(1390) 基礎代謝率 25.57(25.65) ・フィットネススコア 75(74)・・・標準:70~ <血液検査の結果では、取りあえず現状維持・要追加治療なしの評価であった。 体力的な面では、ややスコアアップしたものがあり、まずまずの結果(インストラクター曰く、『年齢に比し好スコア』)であった> |
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