2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
<2月の超温暖日でした>
今シーズンの初戦(土曜会)は、“超温暖”な気温に恵まれて快適なラウンドを楽しみました。この日、最高気温は20.9度と4月下旬から5月初旬並みとか。 (暖かくなるという)予報はありましたが、2月初めのこと、朝晩は寒いだろうと予想して、下着はヒート・テックの上下、それに上には徳利のセーターに更に丸首のセーター、下にはオーバーズボンを重ね着した完全武装の出で立ちでしたが・・・汗だくとなりました。 それでも前半のハーフは曇りがちでしたが、雲の流れが速く、小雨でも降りそうな天気でした。南風と、徐々に晴れ上がってきた結果、気温がぐんぐん上昇してきたようです。ハーフの最後2~3ホールは汗をかきながらのラウンドとなりました。土曜会としては、昨年11月17日以来の参加となりました。暫くぶりのラウンドでしたが、ハーフは44とまずまずでした。ショットは悪くなかったのですが、パットの感覚がイマイチでした。 昼食時、さて今日はお酒(焼酎ですが)の具合をどうしようかと迷いました。気温が思ったより高かったので汗も適当に掻きましたし、『ロック』で行くべきか、『お湯割りで行くべきか』迷った末に、まず冷たい水を飲んで、喉の渇きをうるおし、『お湯割り』にしました。飲まない他の3人は、私の迷い・独り言にニヤニヤするばかりでした。食事&つまみ兼用は、いつもの五目焼きそばが定番です。 この日のメンバーは、77歳のY氏(会では2番目の長老です)、75歳のK氏(会長です)、69歳のO氏(昔の会社の同僚です)。ラウンド中の話題は、国際情勢・日本経済・政治・経済・仕事のこと・家庭のことなどは全く話題とならず、やっぱり年のこと、健康のこと、やりたいこと・特にあと何年ゴルフしたい等々でした。77歳のY氏は、「80歳までは今のレベルでゴルフしたい」、75歳のK氏は、「あと5年、80歳まではやりたい」、一番若手のO氏は、「せめてあと5年は…」といった具合でした。私の希望は、「75歳時点までにエージシュートをやりたい」デス。残された期間はあまりないが、まだまだ進化・精進しなければならない。不可能かもしれないが・・・目標は持つべきかと。 初戦は結局、後半ハーフで崩れてしまい、91でホ-ルアウト。 今日は汗をいっぱいかいたので、風呂で汗を流しましょうと誘われるがままに久し振りにクラブの風呂に入る。私が湯船に入るところをK氏がまじまじと見ていて、『余計な脂肪が全くついていない、いい体してますね』と褒めあげる。 あまりクラブの風呂に入ることがない(ゴルフの後は、いつも家に帰ってからスポーツクラブに泳ぎに行くことにしているため)。 そういえば、今日の風呂場にいた面々は、デブ、チビ、ハゲ、おなかプックンといった人達ばかり。ちょっと異色に映ったらしい。それほどムキムキマンでも、マッチョマンでもないのだが・・・・。ただ何にもしていない人より皮下脂肪が少ない位なのです。 <メールが通じない!・・・はなし> ゴルフから帰ってちょっと時間が早かったので、プールに向かう前にいっとき喫茶店に立ち寄り、しばしのコーヒーブレークを楽しむ。 飲み友(?)にゴルフの結果報告でもとメールした。ところが、忽ち返信があって、PostmasterからErrorの通知である。アレッと思って、メールアドレスを確認したら間違っていない。前回受信したアドレスに返信したのに、『アドレスが違っているか、受信側サーバーの原因で・・・』と返ってくる。送信場所(外に出て)を変えたり、登録しているアドレスを使用したり、前回返信が届いているアドレスを使ったりと再三トライした。この間約1時間計5回、全てアウト。通信障害かしら? それともアドレスを変更したのかしら?等々考えていたら、偶然にも、先方からメールが・・・。急いで返信したら、またしても「Postmaster」からError通知。エーなんで? とうとう直接電話する羽目に・・・なって。 「迷惑メールが多くて、受信拒否のセットをしていました」だってさ・・・。 (私のメールも「迷惑メール」の一つだったんだ・・・と一人ブツブツブツ)
≪大腸健診で手術・給付金がもらえるはなし≫
大腸にポリープの出来やすい体質でしょうか。ここ毎回の検診時にポリープがありました、と言われている。 昨年10月に2年振りに内視鏡検査を行った・・・(この時の状況2012.10.30付でブログに紹介した)やっぱり3個もあって、それぞれ細胞を採って検査に回った。結果は良性でセーフでした。 後日になって、「大腸健診でポリープを採取した場合は、『ポリープ・粘膜切除術』として<手術>に相当するので医療保険の給付対象になるはず」と教えてくれた人がいる。悪性のポリープ(いわゆる癌)でなかった(のは幸いだが)のでどうかな?・・・と素人判断していたが、ダメ元で申請をすることにした。 取りあえず加入している保険会社に電話で確かめたところ、可能性がありそうだったので、請求書類を取り寄せて申請することにした。 この場合、次のような前提条件があった。 ①保障内容に医療特約(私の場合は手術・放射線治療給付金 に該当)があること ②所定の保険金・給付金請求書、治療内容報告書を提出する こと ③医療機関発行の領収書・請求明細の手術欄に点数または 金額の記載がある領収書のコピーを提出する(今回のケース では医師の診断書は不要とのこと・・・保険業法が改正された由) あまり詳しく見ることの無い診療明細書をよく見ると、 「保険診療:内視鏡的結腸ポリープ・粘膜切除術(長径2cm未満) ・・・手術5074点」とありました。これが決め手のようです。(単なる健診 だけの場合はダメのようです。「手術」の項目が必要) 窓口で3割負担の金額を支払った額は、19,540円です。・・・ 高いなーと思った。 約1週間後、振込通知が来ました。金額は、契約保障額: (日額×××円)の5倍でした。 どうにか個人負担はカバーできて、おつりがきました。 しかし、確定申告で医療費控除を申告するときはこれを 加える(控除額のマイナス)ことが必要のようです。 という訳で、 ・生命保険又は傷害保険には、「医療特約又は医療保険」 があると安心である。(いざという時の補てんになる)・・・ 保険会社・契約条件によって内容が異なるが。 ・保障額(日額)は、最低5000円以上とした方が無難(保険 料が高くなるが)。 ・給付額は日額×5倍~20倍位(保険会社、契約内容によって 異なる) ・内視鏡健診での大腸ポリープや胃腸ポリープ等の細胞採取・ 切除のほか、白内障・緑内障の手術等も対象となるようです。 (年配者によくある病気ですが) <せっかくの権利なので、漏れなくやりたいものです・・・・>
≪ゴルフは冬眠中・・でしたが≫
「冬眠中のところ恐縮ですが、来る2月2日の土曜会にメンバーが欠けて困ってます。一日だけ目を覚ましてもらえませんか」 そんなメールが飛び込んだ。 差出人は、土曜会の会長さん。 昨シーズン終了の際に、<12月~2月一杯は冬眠します・・・どうしてもという時は起こしてください>と申し上げてあったのを覚えていらっしゃいました。 頼りにされることは嬉しいことです。二つ返事で「参加」します。 今週末から準備体操(練習)をはじめます。 ≪10年振りにスキーに行きます≫ 今の若い軍団(会社)に加入して4年半が過ぎた。冬のシーズンだと5シーズン目である。 スキーも最近はレジャーではマイナーになりつつあるとか。それも若い世代ではほとんどスノーボードが主力。私はボードはやらない。昔からの二本スキーである。だからこの4年間、毎シーズンにお誘いを受けたが、私は二本スキーしか出来ないからとお断りしてきた。 スキーにはいささか自信があったけれど、それはまだまだ若い頃のことだ。年齢も年齢だし、それに10年のブランクもある。 しかし、このままやらないで人生を終わるのか・・・と考えるといささか寂しい感じがしないでもない。それにここ2~3年は足の衰えからか時々左足が痛む時がある。毎週1回治療(磁気とホットパットの照射)を受けているがあまりパットしない。原因不明、老化現象か? 12月になって、スキー(ボード)同好の元気軍団から声がかかった。 またまた迷いつつも、行き先が山形・蔵王というのに動かされた。若い頃、約30年に亘って通ったいわばホームグランドのようなものだ。私に残された人生はそれほど多くはない。そこそこトレーニングもしており、ともかく今は体調も悪くはない。 ≪よし、やってみよう!≫と決意した。 2月22日~24日 久し振りに蔵王の樹氷原コースに挑戦する。昔取った杵柄が通用するかどうか、楽しみである。 ≪何となくブルーな日もある・・≫ ・毎月第2木曜会(仮称)という集まりがある。私は、次回の開催日に仕事が重なり、参加不能となった。前回の集まりの時にその旨申し出たら、その場で別の日を仮アレンジしてくれた。その場で都合の確認取れない人がいて、後日連絡することで別れた。 数日して連絡が入って、『やっぱり元の日程で行くことにしました。悪しからず』との通知があった。残念!・・・・欠席裁判で判決を受けた感じでした。 ・前職の某社役員OBの集まりが2カ月に1回ある。 前回11月の会合の折に、「今度海外旅行に行くときは、私(達)も連れて行って!」という二人がいて、それに昨年6月にスペイン旅行で同行したS氏と併せて4人がその気になった。誰とはなしに、行き先は「フランスに行きたい」で希望が一致した。 その後2カ月がたった1月の例会で、そのうち一人は、『女房の希望でハワイに行くことになったので・・・不参加です』そしてもう一人も後日になって、『家族の反対があり・・・』とこれも辞退の連絡があった。≪仕方がありません・・・了解しました≫と受けて、S氏に連絡を取った。 それでもS氏だけは、『私はぜひ行きたい。あなたと二人だけでもどうか』と強い希望があった。 私としては、3年前にフランス一周旅行をしてきたばかり。それでもお付き合いしようかと思ったのは他の3人が盛り上がっていたので賛同したまでなのだ。ウーンどうするか・・・思案している。 ・毎年交換している年賀状。最近では、ほぼ確定している人々との年1回のご挨拶は、安否確認だったり、年頭所感だったり、決意だったりとそれぞれ頂く側にとってほのぼのとして嬉しいものです(楽しみです)。 そんな中、賀状でない便りが2枚あった。うち1枚は、年末近くになって親戚に不幸があって・・・という寒中お見舞いものでした。 あと1枚もそれに類するご挨拶でしたが、後段に、当人は今年傘寿を迎えました。とあるが、これを機に「今後は賀状交換を辞退したい」との添え書きがありました。・・・これであの方との縁が切れてしまうのかと思うとさびしくなりました。私は、生きている限りお便りしようかとおもいますが・・・。 ≪年賀状・一言コメント≫ 1年に1回だが、もう何十年も続いている年賀状友達(?)がいる。中にはぱったり途絶えた人もいるが、・・・・・あまり調べる訳にはいかない。 年賀状にひと言書き添えてくれたコメントで、懐かしい顔を思い浮かべる。 1年1回の楽しみでもある。 今年の賀状に書き添えてきた一言から抜粋した。 ◎「私たちの家は無事でしたが、仙台の復興にはまだ時間がかかりそう です」 と仙台在住のYSD夫人。昭和42年から2年間仙台勤務時代に一緒 に仕事をしました。・・・・・早く復興をと祈っています。 ◎「週2回、囲碁教室に通っています。こちらでは、安くゴルフできますよ」 というのは、50年前に秋田へ同時に転勤したIDK氏。私に『登山』を 教えてくれた先輩。氏と始めての本格登山は「白馬三山縦走」(3泊4 日)でした。白馬岳頂上直下で、夜にテントが飛ばされそうで眠れな かったのを覚えています。 ◎「老化防止に漢検(準1級)に挑戦します。・・また飲みましょう!」 といつも刺激を受ける神奈川のSIB氏。・・・飲みましょうとメールで返 信・・・『今年は彗星が2つも見られます。楽しみです』とメールでご連 絡がありました。気象予報士でもある氏は大変な勉強家で尊敬して います。再会が楽しみです。 ◎ 「私は今も現役を続けていますよ」 と還暦を過ぎても頑張っている山梨のSIM夫人。25年前に10年間経 理を担当して頂きました。 ◎「また、ゴルフやりましょう!」 と、昨年12月の笹子トンネル事故(私たちはあの日(12月2日)、山梨 でプレーしていたのです!)も忘れてやる気満々の25年来のゴルフ 友達山梨のKOKさん。真面目な好青年も間もなく還暦(?)ですか。 ◎「水泳を日課にしています」 とは、広島在住の元同僚(同年)。毎年冬には名産の『広島牡蠣』を 送ってくれる。私も9月に必ず山梨のブドウを送る。1年に1回の物産 交換をしている仲。 ◎「まだ現役という貴君のファイトには感心するよ!」 というのは、高校時代にジャイアンツファンで意気投合して以来の親 友SAK君。そういう彼は校長を定年退職し、家業のお寺の住職を継 いでいる。・・・立派な現役だと思うが。 その他 【年賀状を見て、パソコンで改めて連絡を取り合うことも増えました。・・・】 ≪新年初打ちです≫ ・1月10日は「第2木曜会」の初打ちでした。大先輩のISM・KAW・TAJ 氏と元気に新年のご挨拶を兼ねて初打ちしました。 【命短し励めやゴルフ】の合言葉で今年も月1回の『第2木曜会』が スタートしました。 この日の天気予報は、「晴れ・北西の風が強く吹き、寒い1日とな る」、との予報でしたが、なぜか風は「どこ吹く風」のようにほとんど 無風。アレッどうなっちゃったの?・・・と皆で驚くほどの小春日和の ようでした。3人ともお屠蘇気分が抜けきらなかったのか、いずれも 100叩きと控えめのオープニングゲームとなりました。(私は辛うじ て91でなんとか・・・) スタートが早目(8時6分)だったので午後2時過ぎに御帰還。着替 えして市内の図書館で読書でも、と出かけたところ、なんと、「第2 木曜日は休館日です」との張り紙が・・・。そうか、第2木曜日は、図 書館とガチンコ対立している日だ!。(図書館の職員がゴルフをや る日かも) ≪久し振りの(元)業務部長会≫ ・1月13日(日)には、前前職場の元業務部長MIT、SIM氏と橋本の 台湾飯店で新年会。約3年振りだが、皆さん寄る年波には悩まされ ていて、話は健康の話題のみ。 MIT氏は今年古希。1年前に坐骨神経痛らしき激痛に襲われ歩く もならずでとうとう1週間余り入院。しかしその時の副産物で、長年 のヘビースモーカーを解消!。転ばぬ先の杖ならぬ、転んでからの 禁煙! <ウーン、私も今年の課題は禁煙かしら・・・。>
<1月2日の楽しみ・・箱根駅伝を見る>
かなり以前(30年位前?)には、第4区・湘南海岸沿いで見ていたが、最近ではほとんど第5区で、小涌園前か箱根湯本周辺で見ている。第4区のように平地を走っている選手は、あっという間に通り過ぎる。それはそれなりにスピードが感じられていいが、やっぱり箱根駅伝は第5区が面白い。箱根の山道を約18キロも喘ぎながら登る選手の姿は、頼もしくもあり、思わず“頑張れ!”と声をかけたくなるし、見ている方も元気がもらえる。 何十年も見ていると、この区間のどこがどうなっていて、どれだけ大変か、走り方の難しさはそれなりに理解しているつもりだ。ちなみに、私の認識している第5区はこうだ。 【第5区の中継点・小田原の某かまぼこ店前から箱根湯本までは、だらだらのゆるい登り坂が約5キロ余続く。この間は、これからの箱根・山登りの足慣らしとなる。 湯本を過ぎると徐々に坂道は傾斜を増し、九十九折り(湯元~塔の沢~大平台~宮ノ下~小涌園~芦之湯まで)の山道を約13キロ、標高差約800メートルをひたすら登る。 芦之湯で険しい登り坂が終わると、やや平らな道となるが、選手にはこれまでの急登イメージがあるため、この平らな道は下り坂のように見えるらしい。登と下りでは、使う筋肉が異なるが、登りきっていきなり下り道へのギアチェンジ。このギアチェンジがうまくできずにバテてしまったり、思ったようにスピードに乗れなくて・・・というケースはこれまでも何回かあった。そこから芦ノ湖のゴールまで約5キロの下り道。ここで逆転というケースもよくある。 第5区は、山登りに強いだけではなく、登りきってからの下り5キロも重要な勝負どころとなる。(車で言うと,2速で登ってきたものを、徐々にギアチェンジしながら5速のトップスピードに持っていくようなもの) そして今年は、これに加えて、強風と体温の低下をいかに克服するかという課題もあった。】 この日、関東地方は朝から風が強く、晴れてはいるが体感温度は相当低くなり選手にはかなり堪えると思われた。特に湘南海岸から箱根路は強烈な風が吹き荒れていた。 私は箱根湯本から約500メートルほど小田原寄りの、5区小田原中継所からちょうど5キロ地点の早川の土手沿いで待っていた。早川越しに吹き上げてくる風は強風で、推定風速10~15メートル程と思われた。風向きは、選手の左前方から、しかも下から吹き上げてくる向かい風であった。 ちょうど5キロ地点の標識の前にいたので、通り過ぎる各校の伴走車からは、申し合わせたように、それぞれ自校の選手にラップタイムを知らせる。 「よーし、5キロ16分40秒だ。トップが16分25秒だからいいペースだぞ!」といった塩梅に、まずは入りの5キロのペースを教える。 その5キロをトップで通過したのは、東洋大で2位との差は、1分30秒ほどあったようだ。しかし、この日の箱根の上りは難しいと思われた。それは、走っている選手のほとんどが、ランニングシャツと短パンである。(中にはアームカバーをしていたり、手袋をしている選手もいたが・・・) 「ちょっと寒すぎるのではないか?」と素人の私ですらそう感じた。そこでは陽がさしていたが、それにしてもあまりにも風が強すぎていたから・・・。そして、この先、ほとんど陽がささない箱根の山中で低温と強風に晒されたら・・・体感温度が心配と思った。 案の定。山では波乱があった。『低体温症』により2人の選手(中大、城西大)が倒れるというアクシデントが発生した。しかし、私に言わせると、あれはある程度予想されることではなかったか? と思う。 標高差860メートルを上ると、何にもしなくても下界より5~6度は気温が下がる。加えてのあの強風。風速1メートルにつき体感温度は約1度下がる。 仮に、標高差の気温低下(5度として)+風速10メートルによる体感温度低下(10度)とすれば、芦之湯辺りまで、氷点下10~15度の世界を短パン・ランニングシャツで1時間余り晒し続けてきたことになる。そして山登りの疲労も溜まっているはず。何と残酷な仕打ちですか! 私は、倒れた選手たちの体力不足とか走力不足は責められないと思う。あれは、監督をはじめ、コーチ等のスタッフやサポート達の配慮不足(用意不足?)及び作戦ミスではないかと思う。また、寒さだけでなく、空気が乾燥していたので適切な水分補給がなされていたかどうか? にも疑問が残る。 今年の第5区では、日体大の服部選手が山登りもさることながら、登り切ってからのギアチェンジがスムースに行ってスピードに乗り、芦之湯からの残りの5キロ余りを快走、2位以下を2分半余り引き離し、総合優勝を不動のものとした(まさに最優秀選手となった価値がある)。 日体大が勝利したのは、キャプテン・服部選手の快走もあるが、もうひとつ、屈辱の予選会から勝ち上がり、3年生をキャプテンに据えて、4年生がこれを良くバックアップしたというチームワークが、30年振りの勝利となったように思う。 |
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