2007年7月発足以来続いている一期一会の飲み仲間
日本では青木功、尾崎将司とともにAONと呼ばれ、一時代を築いた名選手、中嶋常幸(62)も大きなスランプを経験している。1980年代から90年代にかけては日本男子ツアーのメジャー大会を11度も制したが、1996年から2001年までの6年間は優勝争いどころか、上位進出もなかなかできない不振に陥った。結果がついてこないことで考え込み、スイングの改造などを試みては失敗。それでますます自信を失うという悪循環。プロゴルファーの世界では、こうしたスランプは誰もが経験するという。 プロゴルフは他のプロスポーツとは異なる特性がある。たとえばプロ野球やプロサッカー。最近では長く現役を続ける選手もいるものの、20代、30代の選手で占められる。技と勢いを併せ持つ選手同士が戦うわけだ。そして年齢的限界がくると現役を去る。が、プロゴルフは40代以上でも老練の技で勝負できるから現役を続けるし、勢いのある若手も入ってくる。ライバルが大勢いるわけだ。 その厳しい勝負で生き残るには、強みとなる武器を磨き、高いモチベーションで試合に挑み続けるメンタルの強さが必要になる。だが、これまで述べたように、ちょっとした感覚の狂いで本来の実力が出せなくなることも多い。プロゴルファーは一打一打を決しておろそかにせず、着実にスコアメイクする考え方が身についており、一度スランプに陥ると深く考え込んでしまう。そのため出口の見えない不振が続く。厳しい世界なのだ。 宮里はこの4年間、不振を乗り越えるため、必死で練習し、モチベーションを高めようとしたに違いない。しかし、理想に近いゴルフを手にしたことがある分、ギャップを埋めるのは難しく、モチベーションが湧きあがってこなかったのかもしれない。 会見では、今季限りという期限を切ることによってモチベーションを取り戻したいというニュアンスのコメントがあった。気持ちがついてくれば技術はあるのだから、残された試合で有終の美を飾る可能性は高いのではないだろうか。 (以上、スポーツライター 相沢光一氏の記事より) 2009年7月に、 藍ちゃんが初優勝した時に喜んでアップしたブログがある。以下は原文のまま ■■■■■■ (このころ、老人の受験勉強で、⛳は数か月間プレーを返上していました) 宮里藍引退、トップゴルファーのモチベーション維持が難しい理由 「資料:ダイヤモンド・オンライン 2017-5-29」 日本の女子プロゴルフを牽引してきた宮里藍(31)が今季限りでの引退を表明した。 9日午後に行われた会見によれば、引退を決意した理由は「モチベーションの維持が難しくなったこと」だそうだ。 それを感じたのは2012年の米国LPGAツアーのメジャー大会が終わった頃だという。宮里が米国ツアー挑戦をスタートさせたのは2006年。米国LPGAのメジャー大会は、当時のクラフト・ナビスコ選手権(現ANAインスピレーション)、PGA選手権、全米女子オープン、全英女子オープンの4大会だったが、この年、宮里はいきなりPGA選手権で3位タイの好成績を残している。 その後、日本とは異なるグリーンやコース形態などに戸惑い、結果が出ない時期があったが、粘り強く順応し、挑戦3年目の全英女子では5位になった。これをきっかけにしたかのように2009年は調子を上げ、米ツアー初優勝を達成。全米は6位タイ、全英は3位タイという好成績を収めた。そして2010年には米ツアーの5戦を制して世界ランク1位にもなっている。この頃の日本では、宮里が日本選手初のメジャー制覇を成し遂げることを多くの人が期待していたし、その瞬間はすぐにでも来ると思っていた。 ところが、2011年はトップクラスの成績は維持していたが、メジャー4大会は全米で6位タイに入ったものの不本意な成績に終わる。そして問題の2012年。開幕直後のクラフト・ナビスコは56位タイ、PGAは6位タイとやや持ち直したものの、全米は28位タイ、全英は26位タイに終わった。 宮里が最大の目標としていたのは米女子ツアーのメジャー大会制覇。本人も世界ランク1位になった2010年頃は、その目標に手が届く実感があったようだ。モチベーションも高く、万全の準備をして臨んだはずだ。しかし、思った結果は出なかった。同様のモチベーションで練習もしっかり積んできたのに、2010年にはできたことができなくなっている自分に愕然としたのではないだろうか。 わずかな変調が成績を左右するゴルフという競技の難しさ この辺がゴルフの難しいところだ。とくに最高のプレーをしなければ勝負にならないプロは、ほんの少しのフィーリングやリズムの狂いが結果に表れてしまう。宮里もその変調の正体がわからず混乱したはずだ。そこに気が行くと、モチベーションだって維持できない。そしてますます迷路に入り込んでしまう。 会見では「自分の武器だったものが、武器でなくなってしまった」と語り、「得意だったパターもイップスになってしまって」と吐露した。パワーではハンディがある宮里は正確なショットと巧みなショートゲームで、それを補っていた。そのひとつの武器がパッティングだったが、それさえも打つことすら怖い精神状態になってしまったようだ。 米女子ツアーでの宮里の成長と苦悩の軌跡は各年の年間賞金獲得ランキングに表れている。 2006年=22位 2007年=17位 2008年=46位 2009年=3位 2010年=6位 2011年=8位 2012年=5位 2013年=27位 2014年=86位 2015年=77位 2016年=67位 2007年5月末現在=93位 挑戦当初は慣れない環境に戸惑いながらも、そこそこの成績を収め、ランクアップを目指した。4年目にはその努力が報われ、ランキングトップ10入りする。その位置を2012年まで維持したが、会見で明かしたようにモチベーションが保てなくなり、そこに自身のプレーの変調が加わり成績は下降。そして2014年からは翌年のツアー出場がかかるシード権(80位まで)を獲れるかどうかのところまで落ち込んでしまった。 このようなケースは、プロゴルフ界ではよくあることだ。技術だけでなく、メンタルが重要なスポーツだからだろう。 タイガーも中嶋常幸も大スランプに幅広い年代と戦う厳しい世界 見違えるほど落ち込んでしまった代表例はタイガー・ウッズだ。1997年から2013年までの17年間で10度、米男子ツアーの賞金王に輝いている伝説的名選手。生涯獲得賞金が1億ドルを超えている。とくに2000年から2002年までの3年間は手がつけられないほど強く、メジャーを含めてすべての大会を勝つほどの勢いがあった。しかし、2009年に起きた不倫スキャンダルと、それに伴う交通事故をきっかけに低迷。一度復活し、2013年には再び賞金王になったが、2014年以降は100位以下が続いており、かつての栄光が嘘のような不振に喘いでいる。 現在、ウッズは41歳で年齢的限界説もあるが、40代で優勝争いする選手もたくさんおり、ウッズが本来の実力を出せば活躍はできるはずだ。米ゴルフ専門誌の取材によれば、ウッズは完全に自信を喪失しているという。技術の問題ではなく、精神的に戦える状態ではないのだ。 <以下、次回> インディ500優勝の快挙。佐藤琢磨「みんなに感謝。本当に、本当に嬉しい」 motorsport.com 日本版 5/29(月) 9:24配信 佐藤琢磨(アンドレッティ・オートスポート)は第101回インディ500で優勝。日本人初の歴史的快挙を成し遂げた。しかし彼のレースは簡単なものではなかった。レース中盤、ピットストップの際にホイールナットを落としてしまうというミスがあり、一時隊列の中団に下がってしまったのだ。
「まずマイケル・アンドレッティと、アンドレッティ・オートスポートのチームみんなに感謝したいです。彼らのサポートがなければ、僕は今日ここにいることなんてできませんでした」 そう佐藤はレース後に語った。 「ある時、僕は勢いを失い、10番手くらいまで落ちてしまいました。僕はただ自分の仕事に集中し、クルマとピットストップを信じました」 「その時が来たら、僕は100%やり切る必要がありましたが、それができると確信していました。でも、その時を待っていた。ラスト数周、それがその時だったんです」 |
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